東京はソバ、関西ではウドンが愛されていますが、実はウドンに比べてソバの歴史は結構浅いんです。

TVの時代劇で、江戸っ子が粋にそばをタグってるシーンはおなじみですが、
実は江戸初期まで、麺といえばウドンのことで、蕎麦は蕎麦がきのことだったそうです。
棒状のものは蕎麦切りと呼ばれ、区別されていたみたいです。

三代将軍家光さんのころ、「料理物語」という、おそらく日本で最古のレシピ本といわれるものがあって、
それに拠ると、どうもタレミソというもので食していたみたいです。
味噌を水で割ってじっくり煮詰めたものの上澄のタレだそうで、結構濃そうです。

タレミソから100年ほどたったころ、醤油に酒、かつおぶしを使った今の麺つゆに近いものができたそうです。
前にも書いたのですが、江戸中期ころになってやっと醤油が江戸に広まり、鰹節も使われるようになったことが、お江戸のグルメ文化を進化させたわけです。
今に伝わる江戸の味は、ほとんどが化政期以降のものというわけです。

もし時代劇で元禄ごろに蕎麦をくっているシーンがあったら、間違いなんですが、細かいことは気にしないでドラマを楽しむのが、ただで観せてもらっているものの礼儀というものです。

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更科蕎麦というのがありますが、これは蕎麦の実の中心の白い部分だけで作ったそばで、白く甘みがある高級蕎麦のことだそうです。(プチトリビア、

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鶴太郎さんが、「謎解き、江戸のススメ」で言っていたんですが、落語家に弟子入りしたとき、師匠から蕎麦を食ってみろと言われ、いつもどうりタレをたっぷりつけて食べたら、ダメだしされたそうです。
江戸子っ子は、蕎麦の先だけちょこっとつけていただくのが粋なんだとのこと。

今でも通の人は先に蕎麦だけ何もつけづに食べ、香りを楽しんでますが、
鶴太郎さんはその時師匠に旨いかと聞かれ、答えに困ったそうです。
うまいわけがないんで、当然師匠もそれは分かっていて、要はちょっと足りないのやせ我慢して食べるのが江戸っ子の粋なんだということだそうです。

そういえば、銭湯でも熱いお湯に我慢して入る下町っ子のおじさんたちがいますが、あれが粋というもんなんでしょう。