ご当地グルメうまいもの情報/B級グルメから調味料まで

うまいものを食べると、なぜか幸せになります。 うまいものが大好きな人のために、ご当地グルメや特産品、人気の食品や話題の商品など、 うまい食べ物の情報を紹介するブログです。

ご当地グルメ

出雲は縁結びの国として、若い女性に大人気ですが、日本神話発祥の地でもあるわけです。
なにせ10月には日本中の神様が集まってきます。

出雲には、「出雲招福チラシ」というありがたい駅弁があります。

駅弁は地元の特産品が使われていることが多いので、ご当地グルメであることは確かなんでしょうが、B級グルメと言えるのか、富山には1万円もする駅弁があるんだそうで、これはもうA級グルメ。
まァ、少なくとも千円、2千円のものは、B級グルメに分類しておきましょう。

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「出雲招福チラシ」には、黒豆、岩のり、百合の花などが入っています。
岩のりは磯の香りがして、出雲秘伝の煮物にして、昔から上品なものとして大切にされてきたそうです。

この招福チラシには、さすが神話の国、神様から生まれたと言われている食材がちりばめられています。

『古事記』に食べ物の神様から生まれたと書かれている五穀、稲、あわ、麦、大豆、小豆の5つですが、それらおめでたい食材で作られたありがたいお弁当です。

出雲秘伝の煮物には、秘伝の調味料が使われているんですが、
秘伝の調味料とは「地伝酒」のこと。

とはいっても、地伝酒が他の地方にもごろごろしているわけではなく、出雲だけの特産の調味料として伝わってきています。

お酒とみりんの中間みたいなものだそうで、ソバ汁に混ぜると、醤油の角が取れてまろやかになり、アゴ野焼きという特産品を作るには欠かせないんだそうです。
ちなみにアゴ野焼きはトビウオのすり身で作るカマボコのことだそうです。

地元の米田酒造というところが、もち米と米麹を原材料に、水量を少なくし濃厚な作りに仕上げます。
特徴的なのは、最後に木の灰を加えること。灰がお酒の酸味を中和してくれるので、独特の風味に出来上がるんだそうです。
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山陰本線の松江駅で一番人気は、みそ玉丼。
TV朝日の『学び Eye』で紹介されていましたが、NHKの『新日本風土記』でも取り上げられました。
東京のデパートで開かれる駅弁大会では、ファン投票で一位になったこともあるそうです。

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なんといっても特徴は地元の素材にこだわっていること。

肉は当然ながら島根牛、地元の老舗が作った味噌とこれまた地元産の酒で味がしっかりとしみこむまで煮込むと、冷めてもおいしい肉になります。
そこにトロットロの半熟卵をのせていただいたら、もう箸が止まらくなるそうです。
(悔しいけど、まだ食べてなぁ~イ!

味噌を使うのは肉を柔らく保つため。
醤油を使うと、硬くなるんだそうです。
そしてまろやかな味噌味は、柔らかい甘味を引出します。

お弁当屋さんの社長は地元のおいしい味噌を求めて、奥出雲の老舗の醤油屋さんにたどり着きます。

奥出雲は、冷たくてきれいな水の豊富な米どころ。
そこで150年以上続く醤油醸造店が、歴史の塗り込められた木造の工場と蔵たるで、
米麹を多く使い、天然醸造の寒仕込みで、人手をかけずに、自然に委ねながらゆっくりと特製の味噌を作り出します。

その味噌と、これも地元産のお酒を使い、水を加えず煮込みます。
こうして、誰もが納得のご当地グルメ、人気No,1駅弁、みそ玉丼が出来上がります。


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辛味の中にほんのり薫る豆の旨み、風味の良さで愛用者が多い仙台味噌(赤味噌)は、
伊達正宗の庇護を受け、味噌のブランドとして現代まで引き継がれています。

なんと大豆の量は普通の1.4倍、磨き上げられた製法を厳密に守り、豆の旨みが生きた仙台自慢の味噌です。

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正宗のころ、味噌は戦陣食でした。戦場に味噌を携帯していったわけです。

朝鮮出兵の時、他藩の味噌は腐ってしまったのに、仙台藩の味噌は腐らず風味も落ちなかったそうです。

他藩が欲しがったので分け与え、仙台味噌の名は一気に全国に広がりました。

それを聞いた正宗は味噌の保護を始めました。
他国から職人を集め、藩内に御塩噌蔵(オエンゾウグラ)を作り、藩士1500人分200tの味噌を製造しました。
日本初の味噌工場です。

2代目藩主の時、藩士のために同じ材料、方法で江戸でも製造を始めました。
江戸でも仙台味噌が手に入るようになったわけです。

仙台藩では、味噌仲間が作られ、寒仕込みで熟成に2年かけ、温度管理に気を使い、じっくりと仕上げるという製法を厳密に守っています。

それらの努力によって品質は今でも保たれ、仙台味噌を守り続けています。


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吉田うどんのほとんどの店は、煮干しだしに茹でキャベツを添えるんですが、
このスタイルを作ったのが、桜井うどん店のおばあちゃんだそうです。

テレ朝系 学びEye より

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桜井うどんは、吉田にできたうどん屋さんで2番目という古い店です。
おばあちゃんは、実は沼津の人で、煮干しだしはおばあちゃんの故郷の味。
キャベツを添えたのは、それまで水かけ菜という富士の湧水で育てた冬野菜を付けていたのが、
夏には手に入らないので、一年中手に入るキャベツ(しかも地元で生産していました。)に変えたのが始まりだそうで、
このおばあちゃん(おばあちゃんと言っていますが、当時は多分おばあちゃんじゃなかったはず)のアイデアが現在まで続いているわけです。

”学びEye”の番組では、おばあちゃんは現役で店にいましたから、まだ伝説の域には入っていません。(おばあちゃんにちょっと失礼かな? だったらごめんなさい。

キャベツの他に馬肉を添えるところもあり、実は馬肉は富士吉田市の名物。
昭和20年ごろから馬肉を食べていたんだそうですが、「当時はごちそうでした」、という話です。

吉田で創業120年の老舗が「はなや」さん。
はなやさんのこだわりは白だそうで、うどんも汁も白。
茹で汁の塩味で出しますが、お好みで醤油や店独自の辛味などをあえて食べるんだそうです。
煮干しだしも、キャベツも、馬肉もなし。

はなやさんが湯盛りうどんにこだわるのには理由があります。

富士山に登る富士講というのがあるんだそうで(あるいはあったんだそうで)、
富士吉田市はその通り道でした。
その講者相手にうどん屋を始めたのが店の起りで、身を清める、という意味からも白にこだわっているそうです。


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B級グルメ、ご当地グルメの人気グルメを厳選したおいしいショップです。

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富士山のふもと、人口5万人の町に60軒のうどん屋さんがあり、
県外からもうどんを食べにやってくる富士吉田市。

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四角い太麺で、箸でもつとピンとたつ、硬くて、のど越しが悪くて、病み付きになる (リピーターさんの言。)何とも豪快なうどんです。

しかもほとんどの店がセルフ。

うどんの仕込みに8時間かける店、営業時間中に打って出す店と、店ごとに特徴はありますが、
煮干しだしにみそとしょう油の麺つゆに、茹でキャベツを添えるのが基本。

ほかに、どの店でも共通しているのが、温かいうどんでも必ず水道水で締めること。
この水道水が他の地方とは違います。
富士山の湧水が水道から出てくるんだそうです。
一年を通して12℃の冷たい水道水で締める、麺がきりっとしてコシの強さが生きるんです。

汁を吸っても崩れない堅い麺は、讃岐うどんと同じに足ふみで作ります。
というより、手では堅い麺は打てないということです。

富士吉田市は標高が高く、畑が多いので、昔から粉ものが多く食べられていました。
また甲斐絹と呼ばれる上質の絹の産地で、絹織物を求めて全国から商人が集まり、栄えました。
女性は機織りで忙しかったので、男性が代わりにうどんを打ち、うどんが家庭に根付きました。
コシの強いうどんのルーツはここにあったわけです。

*テレ朝系 学びEyeより

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宮内省に収められ、谷崎純一郎などがわざわざ取り寄せ、
明治から昭和の中ごろまで一部の人にしか手に入らなかった幻のうどん、
江戸時代は「殿様のうどん」と呼ばれていました。

それが稲庭うどんです。

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讃岐地方や吉田うどんで有名な富士吉田市は、米作には適さない地域でした。
ところが稲庭うどんで有名な秋田湯沢市は米所。
そこに極上のうどんが生まれました。

実は、秋田の南部地方では、長い冬の副業としてうどん作りが行われていたんだそうです。

稲庭うどんは手延べ製法、麺を棒でひっぱって少しづつ延ばし、乾燥させる、ゆでると半透明の見た目にもきれいなうどんになりす。

上品な味わい、そのうえ保存がきく。
そこに目を付けたのが秋田藩3代目藩主の佐竹義処(ヨシツグ)。
うどん作りを藩が独占し、技術を門外不出にしました。
ここから「殿様のうどん」と呼ばれるようになりました。

製造者が限られるので、希少価値はますます上がり、明治の代になっても庶民の手に届くことはありませんでした。

ところが昭和40年代、もともと出稼ぎの多い地方だったうえに、若者が町を離れ、町は寂れる一方。
そこで一大決心し、技術を開放することにしました。
その後、稲庭うどんは秋田のうどんへと発展し、若い技術者も多く育ちました。

おかげで今では、誰もが口にすることができるようになりました。

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「讃岐うどん」や「稲庭うどん」など、うまいうどんの専門ショップ。
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うどんが我々庶民でも食べられるようになったのが江戸時代。

江戸時代には鰹節や醤油などの調味料も発展したこともあるんでしょうが、
世の中が落ち着いて、安心して旅行できるるようになったのも、一因にあると思います。
安心といっても、追剥やゴマのハエはいる、下手すりゃ野宿しなくちゃならないし、怪我をしたら病院なんてないんですから自分でなんとかしなきゃなんない、と今とは度合いが違いすぎますが。

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四国に金毘羅様がありますが、参道にうどん店があって、それを食べた参拝者が各地にそのうまさを伝えた、と言われています。

瀬戸内海から入り子ダシが、古くからの名産地小豆島から醤油が、そして瀬戸内の塩田から塩が、
というように、身近に最高の食材がそろっていたので、うどんがうまかったわけです。

確かに旅行の楽しみの一つはご当地グルメですから、お参りしたらうどんを食べないわけがない、
食べておいしければ、帰って自慢しないわけがない。
食べたことのない物をうまいと自慢されれば、うまさが頭の中で勝手に増幅します。

それは別として、昔は米よりも手軽だったと思われるうどんは、各地でそれぞれ独自の発展をします。

代表的なものを上げると、

○名古屋の八丁味噌を使った煮込みうどん。
○山梨富士吉田市の吉田うどん。
○三重のお伊勢参りの参拝者に出した伊勢うどん。
○「殿様のうどん」、秋田湯沢市の稲庭うどん。

吉田うどんは、機織りで忙しかった女性の代わりに男性か打ったので、硬くてマッチョ。
伊勢うどんは参拝者がすぐに食べられるように、箸で切れるほど軟らかく煮てあるのが特徴です。
稲庭うどんは、つい最近まで、一部の人にしか手に入らない幻のうどんといわれていました。

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今から約50年前、讃岐うどんが足ふみで作れなくなるという、讃岐うどんにとっては致命的ともいえる大問題が発生しました。
旅行者に、足で踏んで食べ物をつくるなんてとんでもない、とクレームを付けた人が出てきたんです。

コシが命の讃岐うどんにアシが使えなくなって、コシがなくなれば、
アシコシが立たないわけですから、もう讃岐うどんなんていってらんなくなります。

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讃岐うどんの「足踏み問題」として新聞などで騒がれ(当時TVはあったけど、まだまだお金持ちしか持てない時代でした。)、足ふみが禁止になるかも知れないような状況になりました。
確かにゴザや布の上から足で踏むわけですから、衛生的とは言い難い部分もあるんでしょうが、
どうせお湯で煮ちゃうんだから同じだろ、と考える人は、商売には向きません。

香川県は機械化を考えてメーカーに依頼したんですが、
職人たちは機械を受け入れることはしませんでした。

考え方が古いと批判するか、職人なら当然と肯定するか、価値判断は横に置いておいて、
職人さんたちの気持ちがわからないでもありません。

ところが、これが思わぬ結果を生みました。

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職人さんたちは衛生管理を徹底させることで、何とか足ふみ製法を残しました。

これ、なんとなくオリンピックのレスリング協会に似てますね。
オリンピックから外されそうになって、急いで改革し、わかりやすい新ルールに変えることになりました。
とはいっても、まだ見てないから、わかりやすくなったかどうかわんないけど。ヾ(=^▽^=)ノ

今日の一言 = 危機感のないところに改革は生まれない。

話は違いますが、バレーボールは、昔は9人15点制でしたが、サーブ権がないと点数にならないので、ひたすらサイドアウトを繰り返すこともある、見てて疲れるものでした。
それが6人25点制になり、ボールがコートに落ちればどちらかの点になるようになって、
ハラハラドキドキ感がまして、おもしろくなりました。閑話休題。

一方、うどん製造機を開発したメーカーはあきらめずに改良を重ね、職人がいなくても讃岐うどんが作れる機械に仕上げたんだそうです。

これをチェーン店が採用、全国に広がり、讃岐うどんのブームになりました。

そうなると本場の讃岐うどんが食べたくなるのが人情で、本物を求めて香川県まで食べに行く。
讃岐には大勢人が押し寄せ、かくして香川県は「うどん県」になった、というお話です。

(NHKの『新日本風土記』の受け売りですから、悪しからず。)




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讃岐うどんのコシの強さは誰しも認めることですが(それを売りにしているのだから、当然。)、
コシの強さは「足ふみ」という製法にあります。

NHKの『新日本風土記』によると、
5分踏んだら生地を丸めて30分寝かせ、これを5回繰り返す。
生地全体を均等におさえるのが大切で、ただ踏みやぁいい、てもんじゃないんだそうです・・・

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昔は男性は農作業に忙しかったので女性がうどんを作ってました。
でも女性では腕力が足りないのでコシが出ない。
そこで足ふみ、となったわけです。
中には体重が軽いので子供を背負って踏んだ、という話も残っているそうです。

初めて足ふみの映像を見たときは、食べ物を足で踏むのかよ Σ(=゚ω゚=;)、
とちょっとだけ驚いだんですが、やっぱそう思う人はいっぱいいたらしく、
しかも昔はゴザや布をひいて踏んでいたそうですから、ちょっと以上に驚いたわけです。

話は今をさかのぼること、およそ50年ほど前、
足ふみを見たある旅行者が(単数か複数か、番組では触れられていません。)、
不潔な行為と保健所にクレームを付けました。
これが「足ふみ問題」として新聞などに取り上げられ、
足ふみができなくなってしまうかもしれないほどの大騒ぎになりました。

ひょっとした、『讃岐うどん』というご当地グルメは、なかったかもしれないほどの危機だったようです。



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うどんはいつ頃から食べられていたのか。
NHKの『新日本風土記』によれば、確かな記録があるのは、鎌倉時代で、僧侶が食べていたんだそうです。

今のように庶民の口に届くようになったのは、やっぱり江戸時代。
逆に言えば、それまでうどんは高級品だったということで、B級グルメどころか、A級グルメだったわけです。

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平安時代の『延喜式』(年中行事記した本。こんな本、読む機会は今までなかったし、これからも絶対ない。)には、小麦の精製に臼と杵を使っていたことが書かれているそうです。
これで小麦粉はできても、うどんを作っていたかどうかは不明。
臼と杵で小麦を粉にするのは、これは重労働です。
というわけで、小麦粉は高級食材だったわけです。

小麦粉が普及するには、石臼などの道具の発達を待たなければなりませんでした。
新しい便利な道具がひろまり、小麦粉はようやく使いやすい食材になったわけです。

なが~いことかかって、やっと庶民の口の近くまでたどり着きました。
前にも書いたように、讃岐うどんで有名な讃岐地方は、米作に不向きという風土だったわけですから、ほかの地方のどこでも小麦を作っていたとは思えないので、今のようにうどんがご当地グルメといえるような食べ物に進化していたかどうか、わかりません。(●´ω`●)

グルテンが多く含まれるうどんに、コメの味、甘味などを映していたのでは、と考える人もいます。
何せ、米を作っている人が米をめったに食べれない時代が、ずっと続いていたんですから・・・
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「うどん県」香川は、さすがにうどん県だけあって、おもてなしは必ず讃岐うどんなんだそうです。
法事の時もうどん、生きている人と死んだ人を繋げるという意味が込められているそうです。
お遍路さんの接待もうどん。
何かがあれば、とりあえずうどん。
とにかく、うどんがないと生活が成り立たないわけです。

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なぜ讃岐にうどん文化が栄えたのか。

NHKの『新日本風土記』によると、
讃岐地方は降水量が少なく、ため池が多いんだそうで(行ったことがないのでわかりません。)、
稲作には不向きだったことが理由だそうです。

稲の代わりに小麦を植え、できた小麦をどうおいしく食べるか、それがこの地方の生きる知恵だったわけです。

香川では、うどんは空海さんが中国から持ち帰ってきたもの、と伝えられているそうです。
空海さんの生誕の地にある善通寺では、6月の上旬に、讃岐うどんの”献麺式”が毎年行われ、
うどんを伝えてくれたことに感謝する儀式を行います。

香川では、生活の中心にうどんがあるわけで、文句のつけようのない「うどん県」です。

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関西はうどん、関東はそば、と相場は決まっているようですが、大阪では風邪をひいたらうどんを食べるんだそうで・・・

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NHKの『新日本風土記』うどんについての番組の中で、讃岐うどんや稲庭うどんと合わせて、
大阪のうどん文化も紹介されていました。
ご当地グルメのような独自のうどんというわけではなく、風邪をひいたらとうどんを食べる、という習慣が大阪には昔からあったんだそうです。
今でもその文化は引き継がれていて、風邪をひくのはつらいけど、うどんが食べられるのでうれしくもある、今でも風邪をひいたらうどんを食べる、といったコメントが何人かからありました。

「ともかくも 一夜薬で うどん食べ」という川柳も残っています。

実は大阪では、明治・大正・昭和のはじめと、うどん屋で薬を売っていたんだそうです。
(これは知らなかったなぁ)

1800年前の中国の医学書「傷寒論」というのに、
「消化の良い熱い汁物と薬を一緒に飲めば、薬力があがる。」と記されているんだそうで、
末広幸三郎という薬屋さんがこれに目を付け、うどんと一緒に風邪薬を売ったのが始まりで、
明治期に広まり、
戦後、薬事法で禁止されるまで続いたんだそうです。

それで大阪の人は、今でも風邪をひくと、生姜を入れたアツアツのうどんを食べるんだそうです。


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NHKBSの『新日本風土記』の再放送で、「うどん」という題の付いた番組がありました。
紀行なのに”うどん”ですが、さすがNHKさん、見ごたえがあって、うどんの歴史やいわれなど紹介しながら、人々とうどんのつながりを丹念に追っていき、60分があっという間に過ぎてしまいました。

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今は讃岐うどんが大ブームですが、なんと香川県には800以上のうどん店があり、年間一人当たり300玉以上を消費しているようで、さすが「うどん県/香川」です。

そういえば民放の番組で、「うどん大使」の要 潤さんが、うどんの食べ比べをやって見事讃岐うどんを食べ当てましたから、かなり食べなれているということでしょう、大したものです。

うどんは当然ご当地グルメなんですが、B級グルメには入るのかどうか、
焼きそばはB級グルメなんだから、やっぱ入るんでしょうね。

山梨の吉田うどん、三重の伊勢うどん、秋田の稲庭うどんなど、各地にはそれぞれ特徴のあるうどんがあって、食べ方もいろいろですから、B-1グランプリに出てないのか、去年はなかったみたいですが…

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ソバやウドンにつきものなのが天ぷら。

天ぷらは室町時代、ポルトガルから伝わったと言われていますが、そうであれば語源はポルトガル語の「調理」という意味の"tempero"ということになるんでしょう。
ところがスペイン語の"templo"(肉を禁じて、魚の揚げ物を食べる「天上の日」のこと。)という説、
中国語説など諸説があり、はっきりわからないようです。
5~600年前のことですから、当然といえば当然ですが。(^∀^)

関西(江戸時代までは日本の中心)では漬けあげ、関東ではゴマ揚げといったそうで、
いつのころからか「天ぷら」と呼ばれるようになりました。
山東京伝が名付け親、なんて説もあります。

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初めは野菜中心だったらしいんですが、江戸時代なると魚介類が豊富に流通し、大きく発展しました。

日本橋に魚河岸があり、将軍家に献上した余りを屋台で売っていたそうで、
江戸時代のファストフードです。
魚介を串にさし、小麦粉を付けて揚げ、タレは大きな器に入れ、当然二度漬け禁止。

江戸末期になると店で出すようになり、だんだん高級なものが求められるようになりました。

そこで出てきたのが、金ぷらと銀ぷら。
とにかく日本人は凝り性です。

小麦粉に卵黄を加えたものが金ぷら。
次第に凝ってきて、より黄金色を出すために椿油を使ったところもあったそうです。

卵黄の代わりに卵白だけを加えたものが銀ぷら。こちらは白くするため菜種油を使ったそうです。

やはり、日本食発展の源泉は江戸時代にあり、ということで、
平和(飢饉や天災・疫病、一揆がいっぱいありましたから、平和と言っていいのかどうかわかりませんが)な280年は貴重な280年だったんですねェ(NHK”歴史秘話”風に)。

BS日テレ「料理始まり帖」他より

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東京はソバ、関西ではウドンが愛されていますが、実はウドンに比べてソバの歴史は結構浅いんです。

TVの時代劇で、江戸っ子が粋にそばをタグってるシーンはおなじみですが、
実は江戸初期まで、麺といえばウドンのことで、蕎麦は蕎麦がきのことだったそうです。
棒状のものは蕎麦切りと呼ばれ、区別されていたみたいです。

三代将軍家光さんのころ、「料理物語」という、おそらく日本で最古のレシピ本といわれるものがあって、
それに拠ると、どうもタレミソというもので食していたみたいです。
味噌を水で割ってじっくり煮詰めたものの上澄のタレだそうで、結構濃そうです。

タレミソから100年ほどたったころ、醤油に酒、かつおぶしを使った今の麺つゆに近いものができたそうです。
前にも書いたのですが、江戸中期ころになってやっと醤油が江戸に広まり、鰹節も使われるようになったことが、お江戸のグルメ文化を進化させたわけです。
今に伝わる江戸の味は、ほとんどが化政期以降のものというわけです。

もし時代劇で元禄ごろに蕎麦をくっているシーンがあったら、間違いなんですが、細かいことは気にしないでドラマを楽しむのが、ただで観せてもらっているものの礼儀というものです。

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更科蕎麦というのがありますが、これは蕎麦の実の中心の白い部分だけで作ったそばで、白く甘みがある高級蕎麦のことだそうです。(プチトリビア、

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鶴太郎さんが、「謎解き、江戸のススメ」で言っていたんですが、落語家に弟子入りしたとき、師匠から蕎麦を食ってみろと言われ、いつもどうりタレをたっぷりつけて食べたら、ダメだしされたそうです。
江戸子っ子は、蕎麦の先だけちょこっとつけていただくのが粋なんだとのこと。

今でも通の人は先に蕎麦だけ何もつけづに食べ、香りを楽しんでますが、
鶴太郎さんはその時師匠に旨いかと聞かれ、答えに困ったそうです。
うまいわけがないんで、当然師匠もそれは分かっていて、要はちょっと足りないのやせ我慢して食べるのが江戸っ子の粋なんだということだそうです。

そういえば、銭湯でも熱いお湯に我慢して入る下町っ子のおじさんたちがいますが、あれが粋というもんなんでしょう。 

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今や世界で愛される和食の代表、お寿司。
お寿司の歴史はかなり古く、その姿もかなり違ったのも。 

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 鮨が作られたのは、魚を長期保存するため。
最初に鮨という言葉が出てくるのは、平安時代の延喜式で、たぶんなれ鮨のこと、といわれています。
魚を塩と米で発行させ、1年も寝かせないとできないものだったそうです。

17世紀、室町から戦国時代にかけて酢が発明され、 大きく進化してゆきます。

酢の保存性と風味で鮨にかかせないものとなり、 いつしか発酵させるための酢飯も食べるようになったそうです。
風味ばかりか、冷めても固まらないので、食品としてのバランスがよくなりました。

やがて押し鮨がうまれ、ついには押すのも待ってらんねぇと、気の短い江戸っ子が酢飯に生魚をのせて握り、寿司になりました。
お江戸も後期のころで、すでに醤油も広まっていたはずですから、まさに今の寿司の形になったといいえるでしょう。

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お寿司が世界に広まって、世界各地で驚きのお寿司ができていることは、TVでちょくちょく紹介してくれるので、周知のことですが、考えてみれが、ラーメンは東京生まれで、韓国料理の石焼ビビンバも日本生まれ。
ナポリタンスパゲティ、カレーライスも日本生まれで、忘れちゃったけど帝国ホテル生まれのフランス料理もあったような… 
お鮨にその国にあったいろんな形ができてくることは、むしろ世界に認知されたというべきか。

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前回は佐渡のお酒でしたが、今回は青森。

青森が県を挙げてこだわったのが、『純県産』

水はもちろん(銘酒あるところに名水あり、です)、お米から麹菌まで県独自の物を開発したそうです。

お酒の米としては「山田錦」が有名ですが、青森の気候では育ちにくい。
そこで青森でも育つ大吟醸に向いたお米を、15年もかけて開発したんだそうです。
その名も『華想い(ハナオモイ)』。
山田錦に華吹雪という品種を合わせて作りました。 スゴイ。

大吟醸のまろやかな味を作るためには、お米の表面を60%もそぎ落とすんだそうです。
純粋なデンプンをとるために。
つまり、収穫したお米の6割を、お酒のために捨てているわけです。
いいお酒を造るために6割捨てるのか、6割も捨てるからいいお酒ができるのか・・・ ん~ン。

このお米を蒸したものに酒母(シュボ)を与えます。
青森は酵母も県産にこだわり 、3年かけて独自の物を作りました。
『イ号酵母』、『華想い』に比べると、ネーミングにやや潤いが不足しているのが何ともざんねん。

蒸米に種麹をまき、増やしたものが麹。
麹を育て、蒸米と酒母と仕込み水を加え(これが醪:モロミ)、この作業を3回繰り返します。
三段仕込みというんだそうです。2回なら二段仕込み、でいいのかな?

1か月発酵させて、それを絞って大吟醸が出来上がるんだそうです。


*テレ朝系 学びEyeより

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何十年も前になりますが、『原酒』というのをいただいたことがあります。
出来立ての清酒の、上澄みのいいところだけをとったもの、聞かされたんですが、旨かったという記憶があります。
同じ酒蔵かどうか忘れましたが、『松茸酒』がありました。
松茸の半身がモロ入っていて、これがうまいかというと、松茸の臭みが出て、なんともいただけません。
珍しきゃいい、というものではないという教訓にしています。

ちょっと前、琥珀色に変色したお酒をもらってきました。
そこのご主人はお酒をあまりたしなまないんだそうで、もらったまま床下にしまって忘れていたんだそうです。
これがうまかったんです。冷暗所におかれていたから、酢にならずに熟成されたんです。(と、管理者は信じています。)

酒好きで有名な作家、開高健が、どこかで日本酒の古酒がうまい、と書いていたのを思い出しましたが、管理者が飲んだものがその古酒にあたるのかどうか。
どうであろうとうまきゃいいんで、うまい酒を飲んだんだから、寿命が1年延びたに違いありません。


 
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日本酒は一時需要が落ち、多くの酒蔵が廃業しました。
しかし、女性にも飲みやすいようにソフトにしたり、独自の製法を研究したりで、いまや世界でもSAKE愛飲者が増えています。

たしかに昔は日本酒の臭さが立って、一時期ほとんど飲まなくなったんですが(安酒ばかり飲んでいたからだという意見は、無視)、今はまろやかになって、美味しくなり、冷やして飲んだりレモンを絞ったりして愛飲してます。
今度、日本酒のソーダ割りを試そうと思ってます。

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世界に日本酒を発信している酒造の一つに、佐渡に140年続く『北雪酒造』があります。

世界に打って出るだけあって、大変なものです。
地下に氷温蔵を作って貯蔵。そこで超音波をあてて熟成。喜多郎の音楽と佐渡の波の音をMIXさせて聞かせています。
こうすることで、まろやかでおいしくなるんだそうです。

以前、欧州のどこかの海(たぶん地中海)で沈没船が発見され、大量のワインが出てきて、それがとてもうまかったというニュースがあったのを覚えています。(本当にうまいのか、どううまいのかは、飲んだことがないのでわかりません。)(o^∇^o)ノ
日本酒もワインも醸造酒で、醸造酒が船で揺られると美味しくなるというのは、日本でも海外でも経験的に知られていたことです。

音楽を聞かせるというのも、実は以前TVで見たのですが、クラシックを聞かせて野菜を育ている農家があり、発育がよく、おいしく出来上がるんだそうで、何か関係ありそうです。
ちなみに、ロックを聞かせたら腐ったそうです。ハハハ(ホントかなァ)

『北雪酒造』さんはそれらを人工的に再現しているわけで、大変なこだわりですね。

この『北雪酒造』さんが販売している「YK35」という銘柄を、ロバー・デ・ニーロが愛飲しているんだそうです。
(デ・ニーロ本人から直接聞いたわけではありません。あしからず。)

機会があったらぜひ飲んでみたいものです。

*テレ朝系番組”学びEye!より

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今日は土用の丑の日。

土用の丑といえばウナギの話ばかり。
うんざりの方もいるでしょうが、めげずにウナギのお話です。

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 かば焼きは江戸の初期にはぶつ切りにしたものを塩焼きにしたらしいのですが、味や食感は今のかば焼きとは別物と考えたほうがよさそうです。
 
今みたいにタレで食べるようになったのは江戸中期ころから。このころ醤油が一般化してきたんだそうです。
醤油が広がり、タレができて、味がしみ込むように開いて食べた、というのが現代につながるかば焼きの始まり。

うな丼の始まりは、文化年中の文献に残っているということで、はっきりしてます。
芝居小屋の主、大久保今助という人が、ウナギが大好きで出前を頼んでいたんですが、どうしても冷めてします。
そのころは、冷めないように糠をかぶせて運んだのですが、糠だらけのウナギというのもぞっとしません。

そこで今助さんが考えた・・・ 

炊き立てのご飯に包めば、アツアツのままウナギが食えるのでは。
ついでにタレをご飯にかけてもらえば二度おいしい・・・

このウナギ飯が今のウナ丼になったということです。

江戸中期ごろから、ウナギは人気だったんですね。
江戸の始まりのころの日本の人口は2500万くらい。明治の初めが3000万といわれていますから、江戸中期はたぶんその間くらい?

今その4倍の人がみんなウナギを食べるのだから、ウナギの数が減るのも当然で、今や高級魚。
せめて年に一度くらいは口に入れたいのですが・・・


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今回もBS日テレ『料理はじまり帖』より

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もうすぐ土用の丑の日で、今年もウナギの値段が高いのどうのとマスコミが騒いでいます。

実は(番組での説明よると)、『江戸前』というのはお寿司のことではなく、もともとはウナギのことを指したんだそうです。

というのも、江戸のウナギはうまかった。
江戸物は皮がかたかったらしく、一度蒸してから焼くという現在の形になったんだそうですが、ただ焼くより口当たりがよくてうまかったんでしょうね。

それで江戸のウナギが有名になって、とれたものをすぐに料理できるように川の前に店ができ、人気を呼んだようです。
それがいつか江戸前でとれた魚全般になって、寿司ネタもそう呼ぶようになったのかもしれません。 

江戸前があるんだから、江戸後ろもあるわけで、利根川でとれたものをそう呼んだんだそうです。
それ以外の土地から来たものは、旅ウナギ。

ウナギも産地によって呼び方が違っていたということは、それだけなじみが深かったということです。
ヒツジは日本では親羊子羊くらいしかありませんが、遊牧民族は年齢によって呼び方が違うらしく、呼び方が複数あるということはそのものと文化とのかかわり具合の問題なんでしょう。

だから日本には、出世魚とか魚についての語彙が豊富なのかもしれませんね。
(クールジャパンプチトリビア?)( -д-)


最近の研究でウナギの産卵地がはるか彼方の海とわかりましたが、ウナギも海の幸だったわけです。
川をさかのぼるとき水がなくても這っていく姿がカメラに捕らえられていましたが、本当に不思議な生き物です。

小さいころ釣りあげたことがあったんですが、蛇と間違えて放り投げたことがありました。
それにしても、昔はいっぱい取れたんで、お金を出して食べたことがありませんでした。
東京に出てきて初めて食べたとき、高いのには本当にびっくり。(いつの話じゃ)
堰ができて水量が減ってしまい、かつてプール代わりに遊んだ川は、今や見る影もなくなってしまいました。

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