ご当地グルメうまいもの情報/B級グルメから調味料まで

うまいものを食べると、なぜか幸せになります。 うまいものが大好きな人のために、ご当地グルメや特産品、人気の食品や話題の商品など、 うまい食べ物の情報を紹介するブログです。

ご当地グルメ

NHKの「首都圏スペシャル」、『発行漫遊記』で「黒い宝石」と「赤い宝石」の次に紹介されたご当地グルメの発酵食品は、TVでよかったと思えるほど強烈なにおいを発するという、『生ぐさこうこ』です。

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塩漬けにしたイワシを、鍋で5時間煮込むというものですが、あまりにも強烈なにおいなので、家の中では作れないんだそうです。
番組では浜で煮てました。

塩漬けイワシですから、殺人的臭気で有名な、スウェーデンのイワシの缶詰シューストレム(こんな感じの名前だったと記憶しています。)といい勝負かも知れません。

といっても、どちらも嗅いだことがないので、あくまで想像上のコメントです。

ともかく、煮込んで出来上がったスープ状のものを大根にかけ、2か月間発酵。
なんといっても、「なまぐさこうこ」ですから、主役は「おこうこ」、大根です。

イワシの風味が大根に染み込んで、うまッ!
ということになるんだそうですが、それは紹介した芸人さんのコメント。

他所からお嫁に来た人は、初めのうち、食べられなかったそうです。
ところが一旦慣れると、もうたまらないらしいんです。

浜でしか作れないような臭気に耐えて漬けるわけですから、やっぱりうまいんでしょう。

この『なまくさこうこ』、なぜか新潟県角田浜の3キロ圏内でしか作られていないそうです。

いや、あまりに臭いので、よそに広がりようがなかった、というのが、案外真実かも…

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新年も無事三ヶ日が過ぎました。
無事過ぎたといっても、寝正月だったんだから無事なのは当たり前でして、
寝ているだけだと、正月といっても、特別な日というわけではありません。

地球は自転しながら太陽の周りをまわっているんですから、昨日と今日で大した違いなどあるはずもないのですが、
ここに人の営みがかかわってくるから特別な日になるわけです。
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去年の暮れ、TV東京のL4Youで、おせち特集をやったんですが、おせち料理についてはいろんなサイトで触れられていますからそちらを見ていただくとして、
初めて知って驚いたことが二つありました。

一つが「祝い箸」、両端が箸の先っぽになっているやつです。

分けて取る用と、口に運ぶ方に分かれている行儀のいい箸だと思っていたら、違いました。

あれ、片方は神様用なんですって。
知らなかったなぁ~

正月は、お供えした食物を歳神様と一緒にいただく、「人神共食の日」なんだそうです。

ですから、片方は使わずに歳神様のためにきれいにしておくのが正式なわけです。
知らなかったとはいえ、今まで相当歳神様に失礼をしてきた訳で、年末ジャンボが当たらないのは、このせいだったんだ、と納得しちゃいました。

もう一つ初めて知ったことに、「お屠蘇」がありました。
お屠蘇は、神様に備えたお酒のことだと思っていたのですが、これも違いました。

お酒と味醂で生薬を漬け込んだものをお屠蘇というんだそうです。
生薬には、ミカンや山椒の皮、丁子その他いろいろあるようですが、
正月に薬酒を飲んで一年の健康を願う意味があったんですな。

お屠蘇を飲みすぎた、なんて平気で言ってましたが、お酒と味醂を混ぜたやつ、
こんなもん飲みすぎたら、間違いなく悪酔いです。

従いまして今年は、安焼酎を飲んで寝正月と決め込んだわけです。

本年もB級グルメ、ご当地グルメについて投稿しますので、よろしくご愛読お願いします。

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NHKの「首都圏スペシャル」、『発行漫遊記』で黒い宝石の次に紹介されたのが、
新潟県は妙高の、”赤い宝石”と呼ばれる『かんずり』です。
かんずりは、寒造りが転じてかんずりになったといわれているそうです。

実は、巨大な唐辛子でした。

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夏に収穫した10cmはあろうかと思えるほど巨大な唐辛子を塩漬け保存しておき、雪が積もったらその上に撒いて3日間さらします。

雪が塩分やアクを吸い取ってくれるんだそうで、これをすり潰し、米麹を混ぜ、ゆずペーストと塩を隠し味にして3年寝せます。
米麹が唐辛子の旨味を引き出し、辛み成分をまろやかにしてくれるそうです。
実は、乳酸発酵には、辛みを打ち消す作用があるんだとか。
へぇ~。

各家庭にはそれぞれこだわりがあって、ハチミツを加えたり、みりんや日本酒などで独自の風味を作り出しているそうです。

御飯の友にもイケるみたいですが、トン汁やうどんに加えるとうまい、とのことです。

これは、薬味みたいなものだからご当地グルメといっていいのかどうか、
でも、妙高に行かないと食べれないんだから、ご当地グルメ認定。
(ほかの人がダメといっても、このブログでは独断で決めれるんで、OKです。)

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塩麹がブームになりましたが、とにかく日本は発酵王国です。

NHKの「首都圏スペシャル」で、『発行漫遊記』と題して、
日本全国から、珍しい発酵食品を探しだして、紹介してくれた番組がありました。

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千葉の銚子で、「黒い宝石」といわれている、
1000年以上前にできた幻の発酵食品が作られていました。

銚子といえば醤油作りで有名な土地です。麹菌の匂いがぷんぷんしてきました。

「黒い宝石」といわれている物は、”ひしお(醤)”というものだそうです。

塩麹は米麹+塩ですから、色は白。
ひしおは、いわば味付きの黒い塩麹。

主原料は大豆と大麦、これ、しょう油と同じです。
だから黒いんですね。

原料とひしおの種麹を混ぜ、室で発酵させます。
塩水で洗い、重しを乗せ、空気を遮断して1年寝かせる。

醤油や味噌に似た深い味わい、旨味成分のグルタミン酸は塩麹の3倍だそうです。

しょっぱ味がなく、味が円くて、旨味が口の中に広がる、
マヨネーズやオリーブオイルと混ぜていただくのもGoodだそうです。

平安貴族にも愛されていた、幻の一品です。

    
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北本市には、トマトを使ったご当地グルメが花盛りです。

トマト大福、トマトゼリー、トマト揚げ餃子などなど。

なぜそんなにトマト栽培が盛んなのか?

実は北本市は、大正14年に、大規模なトマト栽培が始まったトマトの先進地でした。
当時はトマトを生で食べる習慣がなかったので、ソースにしてホテルやレストランに卸していたそうです。

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北本市では、トマトを使った料理の開発コンテストが開かれていて、
なんと、2年前、トマトカレーはそこで優勝しました。
開発したのはトマト農家の人、いつも食べていたトマト御飯とトマトカレーを組み合わせる、
アマチュア料理家の助けを借りて、コンテスト用に開発したんだそうです。

コンセプトは、「大人も子供も満足するカレー」

野菜の嫌いな子でも食べられるように細かく刻み、食感をそろえるために豚ひき肉をあえ、
トマトが苦手な人でも大丈夫なように徹底的に煮込みました。

酸味も甘みも強いイタリア品種のミニトマトを肉にまいてカツにして付け合せに。
これが味のインパクトを強くしているそうです。

「埼玉B級グルメ決定戦2011」では初参加にしてグランプリ!

酸味とコクが絶妙のカレールー+ジューシーなトマトカツ+トマト御飯
この三銃士は最強のコンビとしてコンテストを制してきました。

NHK[めざせグルメスター ご当地カレー対決」
ご当地に行っても食べたいカレーに選ばれたのは、北本トマトカレーでした。

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NHKBSの”めざせグルメスター ご当地カレー対決スペシャル”
2番目に登場したのは、北海道富良野のオムカレーです。
オムカレーについては、富良野・美瑛カレー街道のところで書きましたから、割愛します。

復習のためにオムカレーが守らなければならない6か条を書くと、

1)卵は原則富良野産を使う。
2)お米も富良野産を使い、ライスに工夫を凝らす。
3)富良野産のワインかチーズを使う。
4)野菜や肉も富良野産にこだわる。
5)富良野の食材にこだわった一品をつける。
6)料金は1000円以内にする。

以上の6つですが、ほかに振らなきゃ飲めないクリーミーな牛乳と、
地元の高校で代々引き継がれる「ふらのカレンジャー娘」に会えるかもしれない特典が付いています。

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3番目に登場したのが、埼玉県北本市の「北本トマトカレー」
北本は小規模な野菜農家が多く、できた野菜はほとんど地元で消費されるそうです。
地元で採れたトマトを使って町おこしを図っているトマトカレー、
北本市内11か所で独自のトマトカレーが食べられるということで、新ご当地グルメの誕生です。

今年のご当地カレーのイベント、「よこすかカレーフェスティバル2013」で、初出場ながら準優勝した、実力派カレーです。

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福岡県の門司港には、観光客が年200万人以上訪れるレトロ地区があります。
レトロですから、昔ムード満載なわけで、観光客はその空気だけ味わって帰っちゃうそうです。
ですから日帰り。
ホテルは売り上げが伸びない悩みを抱えてました。

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NHKBSの番組、”めざせグルメスター ご当地カレー対決スペシャル”の一つに選ばれたのが、
門司港の焼きカレーです。

泊り客が少ない門司に、何とか観光客の足を留めたい。
長崎県の佐世保では、佐世保バーガーが大ヒットして、食べ歩き客でいっぱい。

そこで宿泊客数が伸び悩んでいるホテルマンは、佐世保にあやかろうと、食べ歩きできるようなご当地グルメを探しました。

門司港で20年以上観光客を案内しているカリスマガイドがいまして(20年以上ですから、年齢はご想像ください)、名物になるようなB級グルメはないかときくと、焼きカレーと答えがかえってきました。

地元の人はあまりにも普通すぎて気づかなかったんだそうですが、観光客には大好評なんだそうです。

30年以上焼きカレーを作っているお店があります。
生卵を乗せたご飯にカレーをかけ、チーズをのせてオーブンで焼く。
表面を覆っている溶けたチーズを開くと、カレーの香りがふわーと広がる。―想像に難くありません。

発祥には諸説あって定かではないどうですが、昭和30年頃から増え始めたんだそうです。

悩めるホテルマンは、これだ! と、さっそく市や地元の人たちと協力し合って焼きカレーマップを作製、アピールに努めました。

今では出す店も増え、定番メニューになっているそうです。



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新しいご当地グルメを作るお手づだいをするというコンセプトで作られている”めざせグルメスター”ですが、
スペシャル番組として、一つの食材を全国各地から3つ選んで、ゲストとMCがどれが一番現地まで行って食べたいと思うか決める特番があります。

前回はラーメンだったんですが、今回はご当地カレーでした。
ラーメンについてはこちらで紹介していますから、興味があったら見てください。

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今回選ばれたご当地カレーは、

1)福岡県門司港の焼きカレー
2)北海道富良野のオムカレー
3)埼玉県北本市の、北本トマトカレー

富良野のオムカレーは、9月に富良野カレー街道を紹介した時に触れてますから、そちらも見てください。

門司の焼きカレーは、文字通りカレーを焼いちゃうわけで(期せずして、モジのおやじギャグになってました。)、現地では昔から食べられていたそうです。

北本は実はトマト先進地で、なんと大正14年からトマト栽培を始めていたんだそうです。

それぞれの紹介Vがあり、スタジオで食べてどれが一番現地まで行っても食べたいかが決まるわけです。

果たしてどこが選ばれたのか?
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NHKBS「新日本風土記」『鯖街道』によると、滋賀の若狭と京の中間に平良(へら)というところがあり、この地の名物が「鯖のなれ鮨」です。
鯖の腹に米を詰め、1年ほど発酵させて作る郷土料理、今に続く伝統あるご当地グルメです。

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なれ鮨は、琵琶湖のフナが有名ですが、鯖街道沿いなので、鯖で作った訳です。

鮨はもともと熟(な)れ鮨から始まったようですが、歴史はかなり古く、東南アジアのコメ作地帯で作られていたものが伝わったといわれています。
奈良時代の文献にそれらしきものが見えるらしいですから、保存食として古くから作られていたのでしょう。

当時は魚だけではなく、貝類も用いられていたようです。ホヤやアワビなどの名も散見されるそうです。

基本は塩漬けにしたものにコメを加え、乳酸発酵させたものです。
発酵食品ですから、結構きつい匂いがしたのではないかと想像されます。

小浜の伝統料理に、鯖の漬物、「へしこ」があります。
名前は知っていましたが、食べたことはありません。
軽くあぶったり、茶づけにするといいとのことですから、酒飲みにはたまらなそうです。

塩漬けにした鯖に付けた塩汁と米ぬかを加え、1年間漬け込むんだそうですが、
面白いのは、旨味を出してくれるカビ、”しらとりさん”と名前が付いているそうです。
「へしこ」がうまいのは”しらとりさん”のおかげというわけです。



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鯖街道の前に、
9日10日と2日間にわたって愛知県豊川市で開催された、
第8回B-1グランプリが、次のように決定されました。


ゴールド
 浪江焼麵太国(福島県浪江町)
シルバー 十和田バラ焼き ゼミナール(青森県十和田市)

ブロンズ 熱血!! 勝浦タンタンメン船団(千葉県勝浦市)

4位   今治焼豚卵飯(愛媛県今治市)

5位   久慈まめぶ部屋(岩手県久慈市)


浪江町の人たちは、原発事故のせいで、地元に住むことができません。

大変な生活を強いられている中、とにかくおめでとうございます。

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昔から福井の若狭湾で獲れた鯖を塩を効かせて京まで1日で運ぶ、その道が、いつしか『鯖街道』と呼ばれるようになりました。
NHKBSの「新日本風土記」でその『鯖街道』が取り上げられ、街道沿いに生活する人々と鯖とのかかわりが紹介されました。

福井県小浜市に、今で14代目という、200年以上続く小さな店があります。
ここの名物が焼き鯖。

開いた鯖を串に刺し、1匹1匹に丁寧に火を通す、ただ焼くだけの技術が、
14代にわたって引き継がれ、絶品の味を作り出しています。

県外からも買いに来るので、午前中に売り切れてしまうほどの人気だそうです。

鯖は決して高級魚ではありませんが、古くから愛され、かつては朝廷に献上されていたそうです。
これに関しては、『朝廷にも献上されていたサバ料理/小浜市浜焼き鯖バラチラシ寿司』を見てください。

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BSTBSで以前放送されていた「THEナンバー2」という歴史番組が、いまヒストリーchで再放送されています。

柴田勝家を取り上げたものを録画してみたんですが、
勝家という人、秀吉に負けちゃいましたが、なかなか優れた人のようです。

領地の北の庄の中ばかりでなく、北国街道など京へ続く街道も整備したので、物流が盛んになったそうです。

この街道を利用して、福井県の敦賀湾で獲れた鯖を日持ちのいい焼き鯖にして、長浜や京へ運んだんだそうで、
そのため、鯖は家庭料理として愛され続ける海の幸となっています。

長浜に、「焼き鯖そうめん」という郷土料理があります。

焼き鯖の煮汁が染み込んだそうめんと焼き鯖が器に盛られ、なんともおいしそうな姿をしていました。
死ぬ前に一度は食べたいB級グルメのリストにランクインです。

ほかにも「焼き鯖寿司」など、鯖好きにはたまらないご当地グルメが、相当ありそうです。

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勝家が支配していた琵琶湖の北部は酒処だそうで、歴史ある酒屋場たくさんあるそうです。
中でも、創業450年、戦国時代から続く酒蔵があります。
そこの自慢のお酒が、賤ヶ嶽の合戦で活躍した7人の武将にちなんだ「七本槍」という銘酒。

それにしても、創業450年というのは、ハンパじゃありません。
なんでも老舗といわれる企業の数は、日本が世界一多いんだそうで、
文化を大切に引き継ぐ日本人の特性がよく顕れた自慢できる一つだと思います。

お酒については、以前にも、
ロバート・デ・ニーロが愛するSAKE』と、
青森の純県産酒』を紹介していますので、
興味のある方は見てください。





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TVK「かながわ旬菜ナビ」からもう一つ。

横浜には、かつてジャパン・ブルワリーというビール会社があったそうです。
その工場跡地が、いま「キリン園公園」になっていて、麒麟麦酒改元記念碑があります。

この公園の下には、「天沼」という本牧の農業を支えた用水があり、
大量の水が必要な麦酒作りに、「天沼」がその供給源になったそうです。
それと、外国人居住区があったこと、つまり需要があったことが日本のビール発祥の地の栄誉に寄与してくれたわけです。

明治3年。ウイリアム・コープランドというアメリカ人が、スプリングバレー・ブルワリーを開設し、その跡地にジャパン・ブルワリーができ、今のキリンビールの前身になりました。
(書いているうちに、ビールが飲みたくなってきました。もう少し我慢。)

横浜市中区諏訪町に「ビール井戸」なる、ちょっと見過ごしてしまいそうな遺跡があります。
何のことはない、井戸に落ちないよう蓋をしたものですが、
この水がかつてビールに変身していたそうです。

明治時代、横浜に寄港して水を補給していった船が、赤道を越えても横浜の水は腐らないと、大変な評判を呼んだそうです。
この良質の水があったからこそ、横浜にビール産業が育ったんでしょう。

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横浜市泉区(今の人は知らないでしょうが、昔はたしか戸塚区とよばれていたはずです。戸塚区が広すぎるので、3つに分かれた一つと記憶していますが、違ったらごめんなさい。)、ここにあるAコープで、ビールをおいしくいただくための料理教室が開かれています。

そこで料理に使われるのが「やまゆり牛」、かながわブランドに認定されている、黒毛和牛とホルスタインの交配種だそうです。
味は和牛、値段は乳牛という、お買い得感いっぱいの牛肉なんですが、
ネーミングのかわいらしさについては一旦おいておくとして、いかにもB級グルメの匂いが漂ってきそうな期待感があります。

有望なご当地グルメに育ことを願ってやみません。

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TVKに「かながわ旬菜ナビ」という番組があります。
神奈川のご当地グルメやB級グルメなどを紹介する番組です。

明治の代になって、文明開化の号令のもと、四ッ足の肉を食べるようになった第1号が横浜にあったということを、その番組から初めて知りました。

それまでは仏教の影響からか、動物の肉食は禁じられていましたが、どうもそれほど厳密なものではなかったようで、地方では馬などは古くから食べていたようですし、ウサギを1羽2羽と数えるのは、鶏肉だと言い張って食べていた名残とのことです。

ちなみに福島県ではウサギは食べません。野兎病という恐ろしい風土病があったからです。

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横浜に「太田なわのれん」という、なんと創業明治元年の老舗があります。
そこの初代、高橋音吉という人が、日本人の好みに合わせた牛鍋を考えたんだそうです。
それから今で7代目。

創業当時は薄く浅い鉄鍋で、煮るといった感じで食べていたようです。
牛肉はサイコロステーキのように四角くカットされていたとか。

それを味噌味で食べます。

現在出されているものは創業当時とは違うんでしょうけど、とにかくうまそうで、案内人が食べるのを見るにつけ、腹が立ってきます。

いったい、料理番組やグルメ番組というのは、
うまいに決まっているものを、画面の向こうで他人が食べているわけですから、
何が嬉しくて見なきゃなんないんだ、といつも思うのですが、
唾を口の中にいっぱいためながら、ついつい見ちゃうんだなぁ、これが。

とにかく、その味を想像しながら酒を飲んでいれば安上がりなんで、
食ったつもりで足れり、とすることが、貧乏人のせめてもの意地ということで、悪態をついて、すいません。
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「おにぎりあたためますか」という北海道のローカル番組があります。
大〇洋さんがメジャーデビューするきっかけになった番組だと記憶しているんですが、違うかもしれません。

とにかく日本全国、ゴチャゴチャ言いながらご当地グルメやB級グルメを食い倒すという番組です。

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土佐は高知市の老舗料亭(そういえば、前に土佐ジローという地鶏のことを紹介しましたが、あれもこの番組でした。)、鰹尽くしの料理が出ました。
勿論カツオのたたき、それにカツオのしゃぶしゃぶ、コロッケとコースで山盛り、
その中で、最近人気の料理として、「塩たたき」なる料理が紹介されました。

塩味だけの料理で、ニンニクとワサビをつけていただくんだそうですが、
いい鰹でしかできないので、数量限定の幻の一品です。

いい鰹というのは、鮮度だけではなく、質のいい鰹ということだそうです。
質のいい鰹は一本釣りで獲れたものでないとダメなんだそうで、
巻き網で獲ると、寿命が付きそうな奴から病気の奴までみんな一緒くたになっていまい、
なおかつ傷がついて、傷みが早くなるんだそうです。

一本釣りは、群れの中でも元気のいい奴が真っ先に餌に食いつくんで、
生きのいい鰹が取れるとのことです。
納得。

めったに口にできないと聞くと、余計に食べたくなりますが、今は我慢…

カツオのコロッケはカツオのミンチが入っていて、カツオのダシがきいていてうまいっ! なんてコメントしていましたが、カツオが入っているんだから当たり前。
まあ、ご愛嬌というところです。

ちなみに、カツオのフライもおいしいですよ。
刺身を食べ残した翌日に、よくフライにするんですが、いけますからぜひお試しください。
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戻りカツオのおいしい時期になってきましたが、
カツオはかなり昔から食べられていたらしく、万葉集にカツオを詠った歌が載っています。

当然、当時は一本釣りしかないんでしょうが、豪快な一本釣りで有名なのが、土佐の高知。

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土佐では、古くから、保存食として干したカツオが食べられていたんだそうです。

干せば堅くなります。堅い魚⇒鰹となったんだとか。

当時は献上品になっていたほどの名物だったようですが、
戦国時代、長宗我部軍は戦場での携帯食としていたようです。

と同時に戦のお守り、戦勝祈願の縁起物でもあった、とのことです。

理由は?

鰹節=勝男武士。なるほど。

江戸も中ごろになった時、土佐藩では食中毒が頻発、
そこで山内家では、カツオの刺身を食してはならん、とお触れを出しました。

当時の道路事情を考えれば、魚を刺身で食うというのは、どんな魚であれ、危険は伴っていたとおもいますが…

食べてはならん、と上から言われれば、余計食べたくなるのが人情。
ましてや「異骨相(いごっそう)」といわれる反骨精神旺盛な土佐っ子のことですから、
表面だけ焼いて、刺身じゃないと言い張って食べたそうです。

ところが意外や意外、これがうまかった。

こうして土佐のご当地グルメ、カツオのタタキが誕生しました。

mainimg_8Ca1111おいしい海の幸が、産地直送でいっぱい食べられます。
通販ならでは各地の名産をお楽しみください。
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鯨を一頭獲れば、7つの里が潤う、と昔から言われてきましたが、
頭から尻尾まで、残すことなく食べていたそうです。

特に美味といわれているのが、「尾の身」と呼ばれている尻尾の部分、古くは「おばいけ」と呼ばれていたようです。
『貞丈雑記』という本には、鯨の氷頭(頭の骨)をカンナで削って乾燥させ、酢と醤油をかけたり、吸い物にして食べた、とあります。

骨まで食べちゃうんだ。

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紀州は鯨漁が盛んで、「網取り法」という独自の漁法を編み出し、これにより捕獲量は飛躍的に上がったそうです。
4~500艘もの舟で追い込む漁法だったようで、なんとも豪快な景色だったことでしょう。

紀州藩初代藩主、徳川頼宣は、これが大好きだったようですが、水軍の訓練と思われ、幕府から睨まれたという話です。
それでも紀州藩は鯨漁を奨励し、「鯨方」という専門の役所まで作ったそうです。

紀州の漁師たちは自分たちが編み出した「網取り法」を企業秘密にしないで、各地に教え広めたそうです。
これにより、多くの人たちが助けられたことでしょう。
何せ、一頭で7つの里が潤うくらいですから。

実はしょう油と鰹節は紀州が発祥の地だそうで、紀州人たちはこれらも惜しむことなく伝えたので、各地に広まりました。

日本のグルメの柱となるダシとしょう油が広まることで、江戸中期期以降、日本の料理はいっきに開花しました。

いま私たちがクールジャパンとして日本料理を外国に自慢できるのも、B級グルメやご当地グルメに舌鼓を打つことができるのも、みんな紀州人のおかげなんですね。感謝!

*ABS朝日「歴史発見 城下町へ行こう」より


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鯨のお肉が食べたくなった人は、こちらから買ってね。

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捕鯨に関して、何かと外国からの風当たりが強いようですが、
捕鯨がいつから始まったのかは、寡聞にして知りません。

文献に残っているのは江戸時代からのようで、
浮世草子の『世間長者気質』や、井原西鶴の『日本永代蔵』なんかにも、捕鯨のことが書かれているそうです。

鯨に関することを詠んだ川柳なども数多く残されています。

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小さいころは鯨肉が安かったんでよく食べさせられたんですが、今房州という海の近くに住んで、クジラのタレというのをはじめて食べました。
タレというのは、後味処理をしていないクジラジャーキーみたいなものです。

最初のときは変な臭みあって閉口しましたが、別の折に食べたものは臭みがなく、独特の食感と甘みがあって、こちらはイケました。
今クジラのタレを頼むときは、半分賭けのつもりで注文します。

土佐の高知では古くから捕鯨が盛んだったそうで、長宗我部元親が太閤秀吉に、クジラ一頭丸ごと贈った、なんていう豪快な話も残っています。

また、土佐では一年の締めくくりにクジラを食べる習慣があるそうです。
ほかの日本人が、細く長くを願って年越しそばをいじましく食べているとき、
土佐っぽは、おっきな夢を食おうと、酒を片手に鯨肉を口に運ぶんだそうです。

そういえば、土佐人の気質は、「異骨相(いごっそう)」、頑固で一本気のことを言うそうで、
女性は「八金」、つまり男性の股間にぶら下がっている袋状のものの中身を8つ、4人分を手玉に取る、という意味だそうです。
クワバラ、クワバラ。
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「海の宝石」とも「グリーンキャビア」ともいわれる海ぶどうですが、
沖縄県恩納村のご当地グルメ「海ぶどう丼」は、メディアで紹介され、有名B級グルメの仲間入りを果たしました。

しかしこの海ぶどう、養殖に成功するまでには、5年もの月日がかかったそうです。

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沖縄といえば、有名なのはモズク。
モズクの養殖は盛んだったそうですが、海の中での長時間労働が強いられ、大変な重労働なのだそうです。
(「あまちゃん」でも、簡単には海の中に潜れなかったので、海中作業というのは、かなり体力を使うのかもしれません。)

歳を重ねた人たちでも作業ができるように、陸の上で養殖できるものはないか、
そう思い立った男が海ぶどうに出会い、平成元年から陸上養殖に取り組み始めました。

当時、海ぶどうはメジャーではありませんでした。
そんな中、養殖に取り組もうとした勇気に乾杯です。(多分、周りからはいろんなことを言われたと思います。)

ところがこの海ぶどう、
光合成する生き物なんで、光の量が多すぎても少なすぎてもダメ、お天気に合わせて光量の調節が必要で、
しかも陸の上だから栄養不足になるから、チッソやリンなどの肥料を与え、
一日でも面倒を見ない日があると、成長にムラが出るという、なんとも手間のかかる厄介なもの。

試行錯誤の上、5年をかけてようやく養殖の一連のプロセスを確立しました。
しかしまだ問題が…

単細胞でできている海ぶどうは、収穫した時、切り口からヌメリが出て、そのままだと数時間で死んでしまうんだそうです。
そこで3日かけて海水の中で傷口を癒してやり、これでやっと商品に、
と思いきや、
難敵海ぶどう、熱に弱く、冷蔵保存しても萎んでしまうという、きわめて扱いにくい食材でした。

これでは飲食店も二の足を踏みますが、養殖に賛同して取り組んできた地元の人たちの努力で、ようやくホテルでお土産といして扱ってもらえることになりました。
すると徐々に名前が知れ、人気ご当地グルメになりました。(よかったよかった。

そして農林水産祭(といものがあるんだそうです。)、水産部門で、なんと天皇杯受賞、お上からもお墨付きを頂き、沖縄を代表する食材の一つに認められました。

いろんなメディアでも紹介され、「海ぶどう丼」は大スターになって、国内外からこれを目的に人が訪れるようになりました。

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沖縄の名産品「海ぶどう」は、「海の宝石」とも、グリーンキャビアとも呼ばれているんだそうです。
恩納村のあるお店が、この海ぶどうを丼ぶりにして、B級グルメとして、日本全国ばかりでなく、海外からも食べに来るそうです。

もっとも、海外といっても、台湾の人が多いみたいですが… 
(台湾、近いから。)(憎まれ口、終了。

酢飯の上に、相性のいいウニと山芋とイクラを豪勢に盛って、レモンポン酢でいただくんだそうです。

これが後を引いて、リピーターになっちゃうらしいです。

まぁ、食べるのは簡単なんでしょうが、この、ご当地グルメとして簡単に食べられるようになるまでが、大変な苦労だったと、ABS朝日の「日本食紀行」で紹介されました。

なにせ、海の中で育つものですから、護岸工事による水質の変化や、台風による被害など、
1980年代後半に試みられた海中養殖はことごとく失敗だったそうです。

生ものだけに流通せず、せっかくの珍味が宮古島の一部でしか食べられていなかったそうです。(もったいない…)

なんとか海ぶどうをご当地の特産品として、全国に売り出したい、高齢になって海に潜れなくなった人たちでも働けるよう、陸上で養殖したい、と立ち上がった男がいました。

海ぶどうは非常に繊細で、養殖が困難なものなんだそうです。
ご多分に漏れず、初めのうちはアホだの変人だのと、いろいろ言われたみたいです。
成功したら偉い人。世間なんて、そんなもんです。
(今回、憎まれ口が多いみたいたいで… スンマセン)

いまや地元のホテルの人気お土産No1になりました。
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羊羹の原型は、今の姿とは似ても似つかない古代中国の羊肉の羹(あつもの)でした。

日本では、大名や公家の間に最高級のお菓子として伝わり、元禄時代には「御菓子之絵図」という商品カタログみたいなものまで作られていたそうです。
模様に工夫を凝らしたり、自然や、文化、干支、四季などを織り込んだりと、いかにも日本的なお菓子として親しまれてきたようです。

外はシャリッ、中は柔らかという羊羹の今の形は、江戸後期の佐賀県で生まれたそうです。

江戸時代、白砂糖は100%輸入品で、長崎から小倉まで砂糖を運ぶ長崎街道は、別名シュガーロード。
その中継地にある佐賀県は、昔から砂糖を多く使う文化があったそうです。

佐賀県小城市、ここはヨウカンの町とも呼ばれ、なんと2k圏内に伝統的な羊羹を売る店が21件もあるんだそうです。

実は小城市では、昭和27年ころから「小城ヨウカン」をブランド化しようという動きがあったそうです。
小城ヨウカンの特徴は表面に細い筋目が何本もあること。
これは製造の過程に、箒で表面をやさしく傷つける工程が含まれているためなんです。
こうして表面に傷をつけると、砂糖が浮き出て、1mmほどの層を作り、それが固まって表面だけが硬くなる、という繊細な技術で作られています。

伝統の味、一度は味わってみたいものです。

ちなみに、羊羹はカロリー栄養価共に高く、変質しにくいことから、備蓄用の保存食としても優れているそうです。
若田光一さんは宇宙まで持っていきました。羊羹なら、無重力も関係なく、地上と同じにいただけます。
先日、いい年をして(失礼)、最高齢でエベレストに登った三浦雄一郎さんは、健啖家としても知られていますが、羊羹大好き人間だそうで、エベレストにももっていたそうです。
地上よりはるか上で、白い雪渓の中で羊羹を丸かじりする豪快な姿は、想像するだけでも愉快です。

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ぜひご利用ください。
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