ご当地グルメうまいもの情報/B級グルメから調味料まで

うまいものを食べると、なぜか幸せになります。 うまいものが大好きな人のために、ご当地グルメや特産品、人気の食品や話題の商品など、 うまい食べ物の情報を紹介するブログです。

B級グルメ

江戸時代も中ごろの宝暦年間(1751~1763)にもなると、食は上方ではなく江戸、といわれるほど、食文化が発展したそうです。

現代のどこぞの国と同じように、レシピ本が続々と出版されるようになりました。

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天明2年、「豆腐百珍」という本が刊行されました。なんと、豆腐料理が100種類。
これが売れたもんだから『百珍』ものが次々と出ました。
「大根百珍」、「甘藷百珍」etc。

それらの中で、究極のグルメ本が、「料理珍味集」(作者不明)だそうです。

なにせ、紙まで食べちゃお、というものです。

紙で作る料理名を、”目くり餅”というんだそうです。
和紙は、コウゾの皮をたたいて伸ばし、もち米を加えて作るんだそうで、もち米が入ってるんだから、食えないわけがない、という乱暴な料理です。

江戸っ子は、食えるものなら何でも食べます、ただしコタツはいけません、あれは当たるものから。
落語ネタです。失礼しました。

”目くり餅”の材料は浮世絵などに使われた奉書紙というものだそうで、紙は貴重だったので使い回ししたわけです。

作り方:
奉書紙を3日間水に浸ける。
線維が溶けやすくなり、紙についた墨なども流れ落ちる。
紙をちぎって細かくし、葛を混ぜてこね、餅にする。
出来上がった団子を味噌汁で煮る、
んだそうです。

再現したものをスタジオでMCさんが試食しましたが、一口でギブアップでした。

*『謎解き 江戸のすすめ』より。

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『謎解き 江戸のすすめ』から、江戸グルメの続き。

江戸で人気だったスイーツに、”みたらし団子”もあります。
おそらく、いま食べられているものとそんなに変わらないと思います。

みたらし団子は、京で人々の健康を祈って食べられていたものだそうです。
五体(頭、両手、両足)を表し、1串に5個団子が付いていて、5文(約95円)でした。

京のB級グルメがお江戸に来ると、5つから4つになったそうです。
理由はというと、江戸後期になると、4文銭ができ、それが貨幣の中心となり、
5文だとおつりが面倒、
そこで4文にして、団子も4つにしたということだそうです。

現代人と違い、5個のまま値段だけ下げようという発想は、江戸人にはなかったみたいです。

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ここからは番組を離れて、団子のウンチク。(学登社、『「食」の文化誌』より)

団子のもとは、奈良時代に伝わった糖菓子の一つで、団喜(米粉を丸め、茹でて、甘葛を塗ったもの)とされているそうです。
丸い形が基本のようですが、必ずしも丸とは限らなかったみたいです。

近世になると、団子の名物専門店が各地にでき、その中でも著名だったのが、「御手洗(みたらし)団子」でした。
京都下鴨神社の水無月祓えのとき、境内で売られていて、山城の名産、とものの本にあるそうです。

社家の人がお公家さんに献じ、また水無月祓えの参詣者のために設営された茶店の名物だったようです。
当時のもののは、残された狂歌などから類推すると、どうも味噌ダレだったようです。

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満腹感いっぱいで、お財布にやさしい”おいしさ”をどうぞ。
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再び、ふたたびBSTBSの『謎解き! 江戸のすすめ』から。

お江戸のスイーツの中でも大ヒットしたのが、大福だそうです。
大福は大好きで、漉し餡よりも潰し餡の方が好きなんですが、好みにはそれぞれ言い分があるでしょうからこれだけにしときます。

明和8年といいますから、西暦では1771年冬のこと。
小石川にお玉という女性がいました。

この女性にひらめきが降りてきました。
人気の餅の中に甘い餡を入れたら、売れるに違いない。
それまで塩餡やうぐいす餡はあったのですが、甘い餡はなかったそうです。

お玉さんはこれに大福餅という縁起のいい名前を付け、かごの中に火鉢を入れ、アツアツに焼いて売りました。
これが寒いお江戸で大ヒット! 大福の大ブームになったそうです。

註1.お江戸が今より寒かったのは間違いありません。
ましてや、着るものも粗末で、毛糸の靴下やブーツなんてものもありませんから、かなりきつかったと思います。

註2.今は技術がよくなって、大福の餅は柔らかさを長らく維持してますが、昔は時間がたつと固くなったものです。
硬くなった大福を、母親がよく網で焼いてくれたものですが、
お焦げがつくくらい焼くと、餅がパリパリになって、それはそれで、またうまいものでした…
(こんな話、同年代の人と飲み屋でやったら、盛り上がるだろうなぁ。)

ヒットの理由はもう一つあるそうです。
大福は、餅は炭水化物、餡の小豆に含まれるビタミンB1と相まって、即効性の高いカロリー源なんだそうです。
寒い江戸に、焼いた大福はぴったりのスイーツだった訳です。
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ふたたび「BSTBSの『謎解き! 江戸のすすめ』から。

番組によると、江戸はスイーツ天国、しかも女性より男性の方が甘いもの好きだった、とのことです。

肉体労働者が圧倒的に多かったので、仕事の合間に歩きながらでも栄養補給する必要があったからではないか、という理由です。

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8代将軍の吉宗は、サトウキビの栽培を奨励したんだそうです。
それまでは外国からの輸入に頼っていたのですが、このことによって国産砂糖の生産量が増加、砂糖が入手しやすくしなったこととも関係しています。

餅菓子は神様が宿る特別な食べ物として、古くから食べられていたんだそうですが、
江戸時代になると年中行事などにも餅菓子を作って祝うことが一般的になったそうです。

それに合わせてさまざまな餅菓子が作られるようになり、名物菓子も増えました。

今でもよく食べるさくら餅は、そんな一つだそうです。
あるお寺が、落ち葉を再利用できないかと考え、塩漬けにした桜の葉で桜色のあんこ餅を包んだのが始まりということです。

さくら餅ですが、包んである葉っぱは取って、餅だけ食べる人がいるんですが、もったいない話です。
あれは葉っぱごと一緒に食べたほうがおいしいんです。
塩味の葉っぱが餡の甘さを引き立たせてくれるんで、それまで餅だけ食べていた知人に教えたら、おいしさに驚いて、以来、ずーっと葉っぱと一緒に食べてます。(これ、ホントの話。)

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TVのニュースで、今年はマツタケの当たり年で、お値段も例年の3割安、何て言ってましたが、
毎週欠かさず見ている、BSTBSの『謎解き! 江戸のすすめ』で、ちょっと前、江戸のグルメ特集があり、マツタケの話もやってました。

面白かったんで紹介すると、
「匂いマツタケ、味シメジ」という言葉があり、お江戸ではマツタケより、シメジやシイタケのほうが好まれていたんだそうです。

ところは実は、マツタケなんかよりシメジの方がうまいに決まってらぁ、という気風の良さというより、
薫り高い新鮮なマツタケは、食いたくても食えなかったという、江戸っ子の負けん気と痩せ我慢から出た言葉かも知れないとのことです。

それが証拠に、
将軍様は、上野の国太田(現群馬県太田市)にマツタケ用の直轄林を持っていて、
寛永6年(1629年)頃から、上納松茸として、
約100kmの距離を、香りが飛ばないうちにと、大急ぎで江戸城まで運ばせたそうなんです。
なんでも、午前9時ごろ出て、翌朝の5時には江戸城に届いた、という記録も残っているんだそうで…

約20時間ということは、時速5kで走り抜けたわけです。
1人で運んだんじゃないでしょうが、山り谷あり、平坦な道ばかりのはずがないんで、スゴィ!
(オリンピックのトップマラソン選手は時速20k近くで走っているんですが、ほとんど平坦な場所ですから、単純比較はやめましょう。)

要するに、マツタケは将軍様くらいにしか口にできなかった高級食材だった、ということです。

ちなみに、群馬県太田市は、B級グルメ「上州太田焼きそば」で有名なとこです。
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山形県の港町、酒田市。
昔は庄内地方と呼ばれていましたが、ここに庄内麩と呼ばれるものがあります。
板状になっているので、板麩とも呼ばれます。

作り方は、鉄の棒に巻きつけて焼くまでは同じですが、そのあと蒸して柔らかくし、一本一本板状に伸ばしてから、機械で薄くします。

北前船で運びやすくするために板状になったといわれていますが、水に戻さず、そのまま割いて使うので、使い勝手はよさそうです。

そのほかにも、日本各地に独自の麩があります。

宮城県、仙台の「油麩」。
新潟県の「まんじゅう麩」。まんじゅうのように丸い形をしています。
京都の「丁字麩」。箱の形をした焼き麩です。
山口に行くと、「安平麩」。シュウ-クリームみたいな形。
石川にはすだれ模様の生麩、「すだれ麩」などがあります。
かすかな記憶なんですが、福島県の会津でも麩を焼いていた映像を覚えていますから、
まだまだ各地に麩の文化は残っているんだなぁ、と日本の奥深さをじんわり感じてしまう、秋の夜更けです。


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山形県東根市の六田区は「麩」が特産ですが、
麩を作るのには大量の水が必要となり、
またその水質が、麩の味を左右するのだそうです。

奥羽山脈からもたらされる水の恵みは、市内の小見川を流れ、
一年を通して13℃で一定の軟水は、国の名水百選の一つにも選ばれています。
(軟水について知りたい人は、こちらへ)

豊富な名水が麩作りに欠かせなかったことと、もう一つ麩作りりに欠かせない小麦、
なぜこの地に小麦が栽培されるようになったのか、意外なものがかかわっていました。
ベニ花です。

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山形は江戸時代、ベニ花の一大産地でした。
ベニ花は京のきれいなお姉さんの口元を彩るベニや、着物の染料として大変貴重なものでした。
芭蕉の句にも、「まゆはきを 俤(おもかげ)にして 紅粉(べに)の花」というのがあるんだそうです。

山形はその大部分を供給していたんですが、
このベニ花作りが麩作りと大いに関連していたんです。

ベニ花は、植え続けていると、連作障害を起こしやすい植物だそうです。
連作障害というのは、毎年同じ作物を同じ場所で作り続けると、病気になりやすくなることを言います。

そこでベニ花と小麦を交互に植えていたので、麩の原料である小麦が取れたというわけです。
肉食を禁じられていた江戸時代、麩は貴重なタンパク源でもあったわけです。

*ABS朝日「日本食紀行」より


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山形県東根市の六田地区は、庭から湧水が出ている家がいくつもあるほど、豊富な伏流水の恵みを受けた土地です。

この良質で豊かな水が、ご当地グルメ、六田麩には必要欠くべからざるものでした。

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麩を作るのは大変です。

小麦粉を水でこね、大量の水で、何度も何度も洗う作業を繰り返します。
水の濁りが無くなるまで洗うと、小麦粉のデンプンが洗い流され、タンパク質のグルテンが残ります。
量は半分ほどになってしまいます。

このグルテンが麩の原料です。
グルテンだけでは堅いガムみたいなので、生地を伸ばすために小麦粉を加え、
均一になるように生地を引き延ばしながら鉄の棒にまきつけ、焼き上げて麩が完成です。

普通の麩はグルテンより小麦粉を多く加えますが、六田麩は小麦の倍の量のグルテンを使います。
そのことによってコシの強い、煮ても崩れないしっかりした食感の麩になります。

タンパク質が貴重だった時代、良質のタンパク質で、保存のきく麩は、お客様が来た時くらいにしか出せなかった高級品だったそうです。

旅行者には、コシのしっかりした六田麩を食べて、肉だと勘違いする人もいるそうで、
食べたあと麩ときかされてびっくり、帰りには麩がお土産に加えられています。
当然ですね。

高タンパクで低カロリー、保存がきいて、どんな料理にも相性のいい六田麩は、理想のダイエット食品。
ダイエットと食欲のはざまで苦しんでいる貴女、おすすめです。

地元では、この六田麩を使った料理がいくつもありますから、
探せば、特級品のB級グルメ(A級じゃないからB級というんで、こういうのを、形容矛盾といいます。)がいくつも見つかりそうです。

*ABS朝日「日本食紀行」より

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山形県東根市の六田地区に『六田麩街道』というのがあるんだそうです。
街道沿いにお麩屋さんが5軒もあり、全国的にも珍しいとのことです。
確かに、街道を行くとお麩屋さんが5軒というのは、めったに見れるものではありません。

中には創業150年なんて老舗もあるそうです。

何とか街道というのは、全国に結構ありそうです。
有名な滋賀県の「鯖街道」、最近知ったのですが、長崎街道を別名「砂糖街道(シュガーロード)」というんだそうです。
ほかにどんなものがあるか、いつか調べてみようと思っています。

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六田麩は、とにかく腰が強く、煮ても崩れないことが特徴です。
見た目はフランスパン、スーパーで売っているようなものとは違い、
食感もしかりしていて、地元では味噌汁、肉じゃが、すき焼きと、どんな料理にも入れます。
ついには麩の懐石料理を作る店まで出しちゃった人がいます。

これだけ全国に誇れるご当地グルメを、もっと知ってもらいたいということです。
そして町おこし、そうなれば立派なB級グルメです。

麩は、生地を引き延ばしながら、2m近い鉄の棒に巻き付けて焼きます。
その時の力加減、厚さを均一にすること、これによって麩の味が決まるんだそうです。
そのうえ、季節や湿度にも注意を払います。

多分、作り方はほかの地方でもそんなに変わらないと思いますが、なんといっても六田麩は生地が違います。
原料のグルテンを、めちゃ多く入れます。
それが六田麩のコシの強さを生み出しています。

*BS朝日「日本食紀行」より

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BS朝日の「歴史発見 城下町へ行こう」で岩手の盛岡編を見ました。

食べ物の話の前に、岩手の名の起こりが面白かったので紹介しますと、
なぜか巨石伝説が多いんだそうで、烏帽子岩、石割けやき、天満宮の石割梅、そして有名な天然記念物石割桜、といったように巨石が多く残っています。

3つの大岩を祭った三ッ石神社の伝説によると、
昔民を苦しめていた鬼がいて、三ッ石の神様がこの鬼を岩に縛り付けて懲らしめました。
鬼は二度と悪さをしませんという誓いを立て、三ッ石に手形を残してこの地を去りました。
岩に鬼の手形。⇒岩手、とのことだそうです。

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岩手で有名なのが「わんこそば」。
「わんこそば」をB級グルメといっていいのかどうか、ちょっと悩みますが、ご当地グルメであることに、異存のある人はいないと思います。

南部藩2代目藩主の南部利直が参勤交代で江戸に向かう途中、花巻名物のそばを食べて、そばの椀を何度もお代わりしたことが起源とされているそうです。

もともと南部地方の地主さんたちには、「そば振る舞い」といって、冠婚葬祭などで、一口サイズの椀に入れたそばを腹いっぱいになるまで振る舞うという風習があったそうです。
米が育ちにくい南部では、そばが最高のもてなしでした。

これらが現代の岩手の名物、「わんこそば」に引き継がれているわけです。

そばといえば江戸っ子ということになりますが、落語家の古今亭志ん朝さんが、あるラジオの番組で、そばについての作法はいろいろ言われているが、一番お行儀のいい食べ方は、最後の一本のかけらまで残さず食べることだと、父の志ん生から教わった、と語ったことがあるんだそうです。
1、2本残ったそばを箸ですくうのは難しいのでは、と尋ねると、こうすりゃいいんだと、箸を笊(ざる)にまっすぐに立てて使って見せたとのことです。

粋な江戸っ子は、最後の一本までそばを粗末にしない、ということでしょう。


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BSTBSの『謎解き! 江戸のすすめ』から、江戸の人たちがまぐろを好まなかったことを知りましたが、もう一つ、脂ののった魚といえば、今が旬のサンマです。

庶民の魚として親しまれていますが、なんと、江戸時代には敬遠されていたそうです。

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サンマは下魚にして、食するものなし、と言われ、
おもに行燈などの燃料として獲られていたんだそうです。

トロといい、サンマといい、なぜ江戸の人たちは脂っこいものを食べないのか。
番組によると、
江戸時代の人は淡白な食事に慣れていたので、胃が脂を消化するのに時間がかかったから脂の多いものを避けた、と説明していました。

なるほど。

江戸時代、4つ足の肉は食べなかったし、油は貴重品でしたから食用に使うことはめったになく、さぞや脂っ気の少ない食事だったことと思われます。

ちなみに、江戸時代、油は量り売りでした。あの粘性の高いものを器から器へチンタラ移していたところから生まれた言葉が、「油を売る」です。
(ブログを書いていると、ついついTVをつけてしまいます。しまいにはTVのほうへ気が移ってしまいます。油を売ってないでブログを書こう。)

江戸の人たちがサンマを食べるようになったのは、度重なる火事や人口の増加によって食糧不足が起き、食べざるを得ない状況になったからだそうです。
とはいえ、脂の多いサンマをどうやったらうまく食えるか。
そこで思いつたのが天ぷら。

サンマを天ぷらにしていただこうというのではありません、余計脂っこくなっちゃいます。
当時、天ぷらには大根おろしが付いてきたんだそうです。
大根には油を分解し、消化を助ける酵素が多いので、ベストの組み合わせです。

今でこそ天ぷらに大根おろしはあまり聞きませんが(天ぷらのつけ汁に大根おろしをいれる所もあるから、そうでもないのかも知れませんが)、”サンマに大根おろし文化” は見事に現代まで引き継がれています。

先日、目黒で「さんま祭り」が開かれました。
これは勿論、落語の『目黒のさんま』に由来したものです。
脂ののったサンマが恋しくて、殿様が「さんまは目黒に限る」とつぶやくのが落ちですが、
ウィキペディアによると、この名作落語の創られた時期は不明とのこと。
江戸の終わりの頃か明治初期(今に伝わる古典落語も、この時期にできたものが多い)にできた話かもしれません。

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BSTBSの『謎解き! 江戸のすすめ』という番組は、いつも見てます。
この間、「江戸のグルメ」の特集がありました。

とにかく江戸時代はグルメブーム、
B級グルメやA級グルメが数多く生まれ、
いまの日本人が愛してやまない料理の多くは、江戸時代にその原型ができています。

背景には、元禄以降の人口の増加、
大都市江戸への地方からの流入があったようですが、
お江戸の胃袋、日本橋の魚河岸(江戸時代は、日本橋にありました。)では一日に千両(今だと約1億円)動くといわれたそうです。

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2013年、日本人の好きな寿司ネタランキングは、

     男性       女性
1位 まぐろ中トロ   サーモン 
2位 まぐろ赤身    まぐろ中トロ 
3位 サーモン     甘海老
4位 まぐろ大トロ   まぐろ赤身
5位 イカ        イクラ

まぐろはともに上位に食い込んでいますが、
江戸時代はヒラメやタイなどの白身の魚のほうが格上で、
まぐろはむしろ邪魔者だったそうです。
大量に獲れると田畑の肥料にし、それでも余るとその辺に捨てました。

”江戸の道 肉林になる まぐろ漁” 
なんて川柳も残ってているそうで…

江戸中期、まぐろは房総沖で獲れたそうですが、流通経路や保存方法が未発達で、
江戸に来たときは鮮度が落ち、煮るか焼くか味噌汁の具にするくらいしか使いようがなかったそうです。

特にトロは脂っこいので、猫ですら見向きもしなったとかで、⇒ 猫跨ぎ、と呼ばれていたそうです。

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長崎県平戸市、
ここには普通鉄道では、日本最西端の駅があります。

大陸に近く、お江戸の将軍様から遠かったので、平戸は異国情緒にあふれ、幕末の吉田松陰が訪れたとき、その風景の違いにエライ驚いた、という話をどこかで読んだ記憶があるんですが、どの本か思い出せず、確認がとれません。
記憶違いかもしれないので、読まなかったことにしてください。

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平戸のご当地グルメは、「あごの干物」、「焼きあご」、「あごのかまぼこ」。
ということで、あご。

あごとは20㎝位の大きさのトビウオのこと。大きいものは「しわご」と呼ぶそうです。

飛魚といえば、さだまさしにそんな題名の歌があったような…
違った、「飛梅」でした。(o^∇^o)ノ

「あごのかまぼこ」は、農作業中でも食べられるように、麦わたに巻いたすぼ巻きになっています。
なんと、平戸でも、作っているところは一軒しかないそうです。

「焼きあご」は高級だしとして有名ですが、内臓を取らずに焼くため、腹のほうからじっくり焼かなければならず、大変な作業みたいです。

高級品ですが、鰹節とあごの削り節を混ぜたものなら、スーパーでも手に入るはずです。

平戸でどうしても食べたいB級グルメは、あごだしラーメン。
焼きあごをたっぷり使ってダシを取り、豊かな風味を生かすため、しょう油は少なめ。
中華そば風ですが、ダシが違います。
透明で上品なかおりのスープは、スーッと抵抗なく喉を通り、郷愁を誘う豊かな風味が広がって行き、関東の旅行者には喜ばれるそうです。

食べたみたいな風のことを言ってますが、食べた案内人が言ったんで、オレは食べてない!
平戸にいったら、絶対食べてやる!

といっても、平戸でアゴだしラーメンをつくっているのは2軒だけとか、
絶滅危惧種なので、なんとかご当地グルメとしてずっ~と残して欲しいものです。

*BSジャパン 「にっぽん 原風景紀行」より

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大泉洋さんが出ていて、大泉洋さんが全国区に出るきっかけになったローカル局の番組があります。
”おにぎり あたためますか”
旅番組で、ご多分に漏れず、各地のご当地グルメやB級グルメが毎回紹介されます。

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高知県の安芸市にロケに行って、「土佐ジロー」という地鶏を食べました。
前に熊本の「天草大王」を紹介しましたが、
それからく比べると、
土佐ジロー、いいネーミングです。
これからつぶして食おうというのに、なんとも親しみが持てる名前です。

名古屋コーチンや秋田の比内地鶏もそうですが、土佐ジローさんも(どうしてもさん付けしてしまう。)基本放し飼いです。
狭いゲージに押し込められ、ひたすら卵を産むか食肉になるのを待つかしかない運命のブロイラーから見ると、少なくとも肉にされるまでは幸せそうです。

土佐ジローさんは、脂肪分が少なく、繊維質が細かく、歯ごたえのある、病みつきになるうまさだそうです。

お店では刺身で出ました。

鶏の刺身なんて、めったに口にできるものではありません。
お店の人に言わせると、新鮮さと健康状態のよい鶏でないと刺身にはできないそうです。

じつは何度か鶏のササミの刺身は食べたことがあります。
あっさししていて、魚とは違う歯応え、かなりGoodでした。

昔、知人に軍鶏を飼っていた人がいて、余談ですが、軍鶏はけんかに負けると負け癖が付いちゃうんで、潰すしかないんだそうで、たまたま潰したから、ということでササミをおサシミでいただきました。
軍鶏肉はものすごく硬いんです。モモ肉をステーキなんかにしたら、食えたもんじゃありません。どうやったって歯が立ちません。
そのササミ、ふつうの鳥よりさすがに硬いんですが、美味でした。
野犬に襲われて全滅したということで、その人は軍鶏を飼うのをやめちゃったんですが、なんとも残念でなりません!

土佐ジローさんの刺身は、ササミ、レバー、白子、心臓、鶏冠、砂肝と珍味のオンパレード!

鶏冠はアワビの刺身を思わせ、白子はクリーミーで臭みもない、と食べた人のコメントです。

たたきやすき焼きも当然おいしいんだそうで、すき焼きの卵も土佐ジローさんの卵。
なんと黄身が箸でつまめてました。

mainimg_8Cc_sB級グルメ・ご当地グルメが全国から大集合 。
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カレー街道、最後に紹介するご当地グルメのカレーは、
美瑛町のカレーつけ麺。

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カレーうどんには珍しいつけ麺タイプで、
使われるうどんは、美瑛産の小麦で町に一軒の製麺所が作る、コシの強いうどん。
カレーは和風で、絡みやすいようにトロミがついています。

新メニューのおすすめは、新美瑛うどん ”焼き麺”。
食べやすいようにメンを短く切り、美瑛豚のひき肉と、カボチャ、アスパラ、ポテトなどの美瑛自慢の野菜を敷き詰め、コーンをたっぷりのせ、道産チーズをかけてオーブンで焼く、
いわば ”うどんグラタン”。
表面カリカリ、中はトロトロ、野菜とチーズの相性バッチリの新メニューです。

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B-1グランプリで有名なカレーといえば、秋田県仙北市の「あいがけ神代カレー」。
昭和30年代の神代地区の家庭で作られていたルーと、現代風オリジナルルーの2つをかけ、温泉卵と秋田特産「いぶりがっこ」を付け合せた珍しいカレーです。

「あいがけ神代カレー」は別のところで紹介する予定です。
「いぶりがっこ」は『ご当地グルメいっぱい! 「あきた美彩館」』を見てください。
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富良野・美瑛のカレー街道から、
ご当地自慢のカレーをいくつか紹介します。

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南富良野町は映画「ぽっぽや」のロケ地として有名ですが、
ここのご当地グルメは、エゾカツカレー。
エゾシカのもも肉のカツとカレーのコラボで、増えすぎたエゾシカで町おこしを狙った一石二鳥のB級グルメです。
エゾシカの肉は高タンパク低カロリー、まろやかで上品な味ですが、
そこに地元で採れた野菜を添えて、ヘルシーなカレーのできあがりです。
もちろん、女性にも大人気です。

占冠村(シムカップムラ)のご当地グルメカレーは、
ギョウジャニンニクという山菜をパウダーにしてライスと炒め、
カレーを合わせた、これまたヘルシーなカレー。
占冠村は山菜の宝庫、森の恵みがたっぷりいただける、うれし~いB級グルメです。

泥色の露天風呂で有名な、上富良野の十勝岳温泉。
ここで味わえるご当地グルメは、ポークカレー。
噛み応えと柔らかさのバランスが絶妙な ”上富良野ポーク” と、
ミミガー(豚の耳)を加え、コラーゲンがたっぷり含まれたルー、
そしてしゃぶしゃぶ肉とハーブ入りのソーセージをトッピングした、
女性にはうれしいカレーです。 

*テレ朝系「学びEye」より


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北海道の富良野から美瑛にかけての通りをカレー街道というそうです。
B-1グランプリでも常連で、大人気の「富良野オムカレー」。
市民グループが中心となってご当地グルメとして開発、富良野から美瑛にかけて、
各店で趣向を凝らしたオムカレーが楽しめます。

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オムカレーは文字の通り、オムライスとカレーが組み合わさったもの。

富良野は、野菜歳から酪農、畜産までの一大産地。
ならばこれらを生かさない手はないと、カレーと相性のいい牛乳やチーズ、
付け合せの福神漬けや野菜など、すべて地元で採れたものだけで作り、
地産地消で町おこしをしようと、地域ぐるみで取り組んでいます。
まさにご当地グルメを地で行くB級グルメ。

富良野オムカレーは、
1)おコメは富良野産を使い、ライスに工夫を凝らす。
2)卵は原則富良野産を使い、オムカレーの中央に旗を立てる。
3)富良野産の「チーズ(バター)」もしくは「ワイン」を使う。
4)野菜や福神漬け(ピクルス)なども、富良野産を使う。
5)富良野産の食材にこだわった一品メニューと、「ふらの牛乳」をつける。
6)値段は1000円以内にする。

以上を守らないといけないのだそうです。

*テレ朝系「学びEye」より



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愛知県三河湾はアサリの生産日本一だそうです。
豊川と矢作川からミネラル豊富な水と、良質の砂が流れ込み、
有名料理店では身を使った料理からダシ取りまで利用するので、
東京の築地市場でも特別扱いだそうです。

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三河湾は植物プランクトンが多く、アサリが育ちやすい環境で、
三河湾の真ん中あたりにある梶島周辺は特に多いんだそうです。
しかも流れが速く、身の引き締まったアサリが取れるそうです。
味に深みとコクがあり、調味料不要で、すまし汁や酒蒸しなど、アサリそのものを味わう料理がお勧めだとか。
値段もほかのアサリの2.5倍もするんだそうですが、
値段が高くても、リピーターが絶えないそうです。

三河湾は知多半島と渥美半島に囲まれた袋状になっていて、
貝の赤ちゃんが外海に出にくくなっているので、アサリがよく取れるんだそうです。

特に県によって管理されている豊橋市六条潟は奇跡の干潟といわれるほどで、多くの稚貝が発生する貴重な場所だそうです。

三河湾の北部にある半田市亀崎地区には、
お祭りのときしか食べないご当地グルメ、串アサリ(アサリの干物)があります。

なぜお祭りのときだけかというと、
明治時代からずっと食べられていたんですが、
昭和34年の伊勢湾台風で被害を受け、アサリが取れなくなってしまいました。
お祭りは再開されましたが、アサリはとれないまま。
せめてお祭りの時だけでも食べたい、と、
以来その風習が続いているそうです。

この串アサリは、炙ったりテンプラにしていただくと、絶品だそうです。
一年に一度しか食べられないご当地グルメ、非常に珍しいB級グルメです。

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海の幸を産地直送でお届けする、
海のグルメ専門ショップです。

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秋田県で有名な食べ物といえば、もちろん ”きりたんぽ” ですが、
もう一つ、名産鰰(ハタハタ)を入れた ”しょっつる鍋” があります。

実は秋田県では、鍋は冬だけのもではなく、一年中食べるんだそうです。

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しょっつる鍋は、ハタハタだけでなく、どんな具をいれてもしょっつる鍋といいます。
”しょっつる” を漢字で書くと、塩魚汁。
魚を塩をつけて作る出し、つまり魚醤のこと。
もうお分かりのように、しょっつるを使った鍋は、すべてしょっつる鍋になります。

このしょっつるは、秋田ではスーパーで普通に売られています。
もっとも最近では、ナンプラーなどの魚醤系の調味料もスーパーで手に入るようになりましたが…

秋田では鍋料理のことを「かやき」というそうです。
「かやき」とは貝のこと。
そして秋田の人は、My「かやき」を持っているそうです。

なぜ鍋のことを「かやき」と呼ぶかというと、
漁師がホタテの貝を鍋の代わりに使ったことが由来だとか。

江戸時代、秋田藩では、元服すると自分用の ”かやき” が与えられたそうです。
自分で食べなさいという、独立の心を表しているのかもしれません。

漁師文化から始まったこの ”かやき”、
秋田藩ではいつしか武士のたしなみになり、自分専用の ”かやき” を持てることが立派な武士の証になったそうです。

佐竹家に伝わる宝の一つに、銀製の ”かやき” がありますが、
大小2つあって、めおと(夫婦)になっています。
あんがい、男だけのものとは限らなかったのかもしれません。

秋田県は「横手焼きそば」が有名ですが、新しいB級グルメ作りに挑戦しました。しかもスイーツです。
内容を知りたい方はこちらへ。


*BS朝日 「歴史発見 城下町へ行こう」より


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京のすっぽん店「大市」には、老舗の有名店だけあって、数々の著名人、有名人が訪れるそうです。
総理大臣から、有名スポーツ選手まで、来ていない人を探すほうが大変なんだとか…

芥川龍之介や川端康成(大体にして、小説家には食通が多いものです。)、志賀直哉に至っては、代表作「暗夜行路」に「大市」らしき店が出てくるんだそうで。
(何せ長いし、ずいぶん昔に読んだので、ゼンゼン憶えていません。

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名店には名店の理由がありまして、
前回紹介したように「大市」専用に養殖されたスッポン、
専門のお酒に厳選されたしょう油で作るスープ、
企業秘密の、秘技 ”関節切り” による調理法、
それらを代々受け継ぐことで、名店としての不動の地位を保ち続けているわけです。

器だってただ者ではありません。
信楽焼の専用の土鍋を使い、
新しい土鍋を使うときは、お客に出す前に、なんと2ヶ月間、
じっくりと土鍋に味をしみこませるんだそうです。

そしてコークスを使い、1600度以上の高温で煮込みます。
コークスは石炭からガスを抜いたもので、高温になるので、
短時間で炒める中華料理には欠かせないものでした。
今はどうか知れませんが、昔の中国の料理店のほとんどが使っていたはずです。


「大市」の裏メニューとして人気なのが、すっぽん雑炊。
残ったスープでご飯を炊き、卵でとしていただくんだそうで、もちも入って絶品です。(食べたことないけど、絶品です。そうでないわけがありません。うん。

ずいぶん前に2度ほどスッポンを食べているんですが、うまかった、という記憶があまり残っていません。
でも、「大市」のすっぽんは、死ぬ前に一度でいいから食べてみたい一品です。

もっとも、店の前に行っただけで、伝統と格式の重さにビビッて、敷居がまたげなくなるかもしれませんが……

+フジTV「京のいっぴん物語」より

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