宮内省に収められ、谷崎純一郎などがわざわざ取り寄せ、
明治から昭和の中ごろまで一部の人にしか手に入らなかった幻のうどん、
江戸時代は「殿様のうどん」と呼ばれていました。

それが稲庭うどんです。

゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆゜゚*☆*☆*゚ ゜゚*☆

讃岐地方や吉田うどんで有名な富士吉田市は、米作には適さない地域でした。
ところが稲庭うどんで有名な秋田湯沢市は米所。
そこに極上のうどんが生まれました。

実は、秋田の南部地方では、長い冬の副業としてうどん作りが行われていたんだそうです。

稲庭うどんは手延べ製法、麺を棒でひっぱって少しづつ延ばし、乾燥させる、ゆでると半透明の見た目にもきれいなうどんになりす。

上品な味わい、そのうえ保存がきく。
そこに目を付けたのが秋田藩3代目藩主の佐竹義処(ヨシツグ)。
うどん作りを藩が独占し、技術を門外不出にしました。
ここから「殿様のうどん」と呼ばれるようになりました。

製造者が限られるので、希少価値はますます上がり、明治の代になっても庶民の手に届くことはありませんでした。

ところが昭和40年代、もともと出稼ぎの多い地方だったうえに、若者が町を離れ、町は寂れる一方。
そこで一大決心し、技術を開放することにしました。
その後、稲庭うどんは秋田のうどんへと発展し、若い技術者も多く育ちました。

おかげで今では、誰もが口にすることができるようになりました。

top_mainimg_8Eb_s
「讃岐うどん」や「稲庭うどん」など、うまいうどんの専門ショップ。