ご当地グルメうまいもの情報/B級グルメから調味料まで

うまいものを食べると、なぜか幸せになります。 うまいものが大好きな人のために、ご当地グルメや特産品、人気の食品や話題の商品など、 うまい食べ物の情報を紹介するブログです。

NHKBS「新日本風土記」『鯖街道』によると、滋賀の若狭と京の中間に平良(へら)というところがあり、この地の名物が「鯖のなれ鮨」です。
鯖の腹に米を詰め、1年ほど発酵させて作る郷土料理、今に続く伝統あるご当地グルメです。

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なれ鮨は、琵琶湖のフナが有名ですが、鯖街道沿いなので、鯖で作った訳です。

鮨はもともと熟(な)れ鮨から始まったようですが、歴史はかなり古く、東南アジアのコメ作地帯で作られていたものが伝わったといわれています。
奈良時代の文献にそれらしきものが見えるらしいですから、保存食として古くから作られていたのでしょう。

当時は魚だけではなく、貝類も用いられていたようです。ホヤやアワビなどの名も散見されるそうです。

基本は塩漬けにしたものにコメを加え、乳酸発酵させたものです。
発酵食品ですから、結構きつい匂いがしたのではないかと想像されます。

小浜の伝統料理に、鯖の漬物、「へしこ」があります。
名前は知っていましたが、食べたことはありません。
軽くあぶったり、茶づけにするといいとのことですから、酒飲みにはたまらなそうです。

塩漬けにした鯖に付けた塩汁と米ぬかを加え、1年間漬け込むんだそうですが、
面白いのは、旨味を出してくれるカビ、”しらとりさん”と名前が付いているそうです。
「へしこ」がうまいのは”しらとりさん”のおかげというわけです。



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鯖街道の前に、
9日10日と2日間にわたって愛知県豊川市で開催された、
第8回B-1グランプリが、次のように決定されました。


ゴールド
 浪江焼麵太国(福島県浪江町)
シルバー 十和田バラ焼き ゼミナール(青森県十和田市)

ブロンズ 熱血!! 勝浦タンタンメン船団(千葉県勝浦市)

4位   今治焼豚卵飯(愛媛県今治市)

5位   久慈まめぶ部屋(岩手県久慈市)


浪江町の人たちは、原発事故のせいで、地元に住むことができません。

大変な生活を強いられている中、とにかくおめでとうございます。

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昔から福井の若狭湾で獲れた鯖を塩を効かせて京まで1日で運ぶ、その道が、いつしか『鯖街道』と呼ばれるようになりました。
NHKBSの「新日本風土記」でその『鯖街道』が取り上げられ、街道沿いに生活する人々と鯖とのかかわりが紹介されました。

福井県小浜市に、今で14代目という、200年以上続く小さな店があります。
ここの名物が焼き鯖。

開いた鯖を串に刺し、1匹1匹に丁寧に火を通す、ただ焼くだけの技術が、
14代にわたって引き継がれ、絶品の味を作り出しています。

県外からも買いに来るので、午前中に売り切れてしまうほどの人気だそうです。

鯖は決して高級魚ではありませんが、古くから愛され、かつては朝廷に献上されていたそうです。
これに関しては、『朝廷にも献上されていたサバ料理/小浜市浜焼き鯖バラチラシ寿司』を見てください。

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BSTBSで以前放送されていた「THEナンバー2」という歴史番組が、いまヒストリーchで再放送されています。

柴田勝家を取り上げたものを録画してみたんですが、
勝家という人、秀吉に負けちゃいましたが、なかなか優れた人のようです。

領地の北の庄の中ばかりでなく、北国街道など京へ続く街道も整備したので、物流が盛んになったそうです。

この街道を利用して、福井県の敦賀湾で獲れた鯖を日持ちのいい焼き鯖にして、長浜や京へ運んだんだそうで、
そのため、鯖は家庭料理として愛され続ける海の幸となっています。

長浜に、「焼き鯖そうめん」という郷土料理があります。

焼き鯖の煮汁が染み込んだそうめんと焼き鯖が器に盛られ、なんともおいしそうな姿をしていました。
死ぬ前に一度は食べたいB級グルメのリストにランクインです。

ほかにも「焼き鯖寿司」など、鯖好きにはたまらないご当地グルメが、相当ありそうです。

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勝家が支配していた琵琶湖の北部は酒処だそうで、歴史ある酒屋場たくさんあるそうです。
中でも、創業450年、戦国時代から続く酒蔵があります。
そこの自慢のお酒が、賤ヶ嶽の合戦で活躍した7人の武将にちなんだ「七本槍」という銘酒。

それにしても、創業450年というのは、ハンパじゃありません。
なんでも老舗といわれる企業の数は、日本が世界一多いんだそうで、
文化を大切に引き継ぐ日本人の特性がよく顕れた自慢できる一つだと思います。

お酒については、以前にも、
ロバート・デ・ニーロが愛するSAKE』と、
青森の純県産酒』を紹介していますので、
興味のある方は見てください。





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TVK「かながわ旬菜ナビ」からもう一つ。

横浜には、かつてジャパン・ブルワリーというビール会社があったそうです。
その工場跡地が、いま「キリン園公園」になっていて、麒麟麦酒改元記念碑があります。

この公園の下には、「天沼」という本牧の農業を支えた用水があり、
大量の水が必要な麦酒作りに、「天沼」がその供給源になったそうです。
それと、外国人居住区があったこと、つまり需要があったことが日本のビール発祥の地の栄誉に寄与してくれたわけです。

明治3年。ウイリアム・コープランドというアメリカ人が、スプリングバレー・ブルワリーを開設し、その跡地にジャパン・ブルワリーができ、今のキリンビールの前身になりました。
(書いているうちに、ビールが飲みたくなってきました。もう少し我慢。)

横浜市中区諏訪町に「ビール井戸」なる、ちょっと見過ごしてしまいそうな遺跡があります。
何のことはない、井戸に落ちないよう蓋をしたものですが、
この水がかつてビールに変身していたそうです。

明治時代、横浜に寄港して水を補給していった船が、赤道を越えても横浜の水は腐らないと、大変な評判を呼んだそうです。
この良質の水があったからこそ、横浜にビール産業が育ったんでしょう。

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横浜市泉区(今の人は知らないでしょうが、昔はたしか戸塚区とよばれていたはずです。戸塚区が広すぎるので、3つに分かれた一つと記憶していますが、違ったらごめんなさい。)、ここにあるAコープで、ビールをおいしくいただくための料理教室が開かれています。

そこで料理に使われるのが「やまゆり牛」、かながわブランドに認定されている、黒毛和牛とホルスタインの交配種だそうです。
味は和牛、値段は乳牛という、お買い得感いっぱいの牛肉なんですが、
ネーミングのかわいらしさについては一旦おいておくとして、いかにもB級グルメの匂いが漂ってきそうな期待感があります。

有望なご当地グルメに育ことを願ってやみません。

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TVKに「かながわ旬菜ナビ」という番組があります。
神奈川のご当地グルメやB級グルメなどを紹介する番組です。

明治の代になって、文明開化の号令のもと、四ッ足の肉を食べるようになった第1号が横浜にあったということを、その番組から初めて知りました。

それまでは仏教の影響からか、動物の肉食は禁じられていましたが、どうもそれほど厳密なものではなかったようで、地方では馬などは古くから食べていたようですし、ウサギを1羽2羽と数えるのは、鶏肉だと言い張って食べていた名残とのことです。

ちなみに福島県ではウサギは食べません。野兎病という恐ろしい風土病があったからです。

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横浜に「太田なわのれん」という、なんと創業明治元年の老舗があります。
そこの初代、高橋音吉という人が、日本人の好みに合わせた牛鍋を考えたんだそうです。
それから今で7代目。

創業当時は薄く浅い鉄鍋で、煮るといった感じで食べていたようです。
牛肉はサイコロステーキのように四角くカットされていたとか。

それを味噌味で食べます。

現在出されているものは創業当時とは違うんでしょうけど、とにかくうまそうで、案内人が食べるのを見るにつけ、腹が立ってきます。

いったい、料理番組やグルメ番組というのは、
うまいに決まっているものを、画面の向こうで他人が食べているわけですから、
何が嬉しくて見なきゃなんないんだ、といつも思うのですが、
唾を口の中にいっぱいためながら、ついつい見ちゃうんだなぁ、これが。

とにかく、その味を想像しながら酒を飲んでいれば安上がりなんで、
食ったつもりで足れり、とすることが、貧乏人のせめてもの意地ということで、悪態をついて、すいません。
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「おにぎりあたためますか」という北海道のローカル番組があります。
大〇洋さんがメジャーデビューするきっかけになった番組だと記憶しているんですが、違うかもしれません。

とにかく日本全国、ゴチャゴチャ言いながらご当地グルメやB級グルメを食い倒すという番組です。

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土佐は高知市の老舗料亭(そういえば、前に土佐ジローという地鶏のことを紹介しましたが、あれもこの番組でした。)、鰹尽くしの料理が出ました。
勿論カツオのたたき、それにカツオのしゃぶしゃぶ、コロッケとコースで山盛り、
その中で、最近人気の料理として、「塩たたき」なる料理が紹介されました。

塩味だけの料理で、ニンニクとワサビをつけていただくんだそうですが、
いい鰹でしかできないので、数量限定の幻の一品です。

いい鰹というのは、鮮度だけではなく、質のいい鰹ということだそうです。
質のいい鰹は一本釣りで獲れたものでないとダメなんだそうで、
巻き網で獲ると、寿命が付きそうな奴から病気の奴までみんな一緒くたになっていまい、
なおかつ傷がついて、傷みが早くなるんだそうです。

一本釣りは、群れの中でも元気のいい奴が真っ先に餌に食いつくんで、
生きのいい鰹が取れるとのことです。
納得。

めったに口にできないと聞くと、余計に食べたくなりますが、今は我慢…

カツオのコロッケはカツオのミンチが入っていて、カツオのダシがきいていてうまいっ! なんてコメントしていましたが、カツオが入っているんだから当たり前。
まあ、ご愛嬌というところです。

ちなみに、カツオのフライもおいしいですよ。
刺身を食べ残した翌日に、よくフライにするんですが、いけますからぜひお試しください。
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戻りカツオのおいしい時期になってきましたが、
カツオはかなり昔から食べられていたらしく、万葉集にカツオを詠った歌が載っています。

当然、当時は一本釣りしかないんでしょうが、豪快な一本釣りで有名なのが、土佐の高知。

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土佐では、古くから、保存食として干したカツオが食べられていたんだそうです。

干せば堅くなります。堅い魚⇒鰹となったんだとか。

当時は献上品になっていたほどの名物だったようですが、
戦国時代、長宗我部軍は戦場での携帯食としていたようです。

と同時に戦のお守り、戦勝祈願の縁起物でもあった、とのことです。

理由は?

鰹節=勝男武士。なるほど。

江戸も中ごろになった時、土佐藩では食中毒が頻発、
そこで山内家では、カツオの刺身を食してはならん、とお触れを出しました。

当時の道路事情を考えれば、魚を刺身で食うというのは、どんな魚であれ、危険は伴っていたとおもいますが…

食べてはならん、と上から言われれば、余計食べたくなるのが人情。
ましてや「異骨相(いごっそう)」といわれる反骨精神旺盛な土佐っ子のことですから、
表面だけ焼いて、刺身じゃないと言い張って食べたそうです。

ところが意外や意外、これがうまかった。

こうして土佐のご当地グルメ、カツオのタタキが誕生しました。

mainimg_8Ca1111おいしい海の幸が、産地直送でいっぱい食べられます。
通販ならでは各地の名産をお楽しみください。
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鯨を一頭獲れば、7つの里が潤う、と昔から言われてきましたが、
頭から尻尾まで、残すことなく食べていたそうです。

特に美味といわれているのが、「尾の身」と呼ばれている尻尾の部分、古くは「おばいけ」と呼ばれていたようです。
『貞丈雑記』という本には、鯨の氷頭(頭の骨)をカンナで削って乾燥させ、酢と醤油をかけたり、吸い物にして食べた、とあります。

骨まで食べちゃうんだ。

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紀州は鯨漁が盛んで、「網取り法」という独自の漁法を編み出し、これにより捕獲量は飛躍的に上がったそうです。
4~500艘もの舟で追い込む漁法だったようで、なんとも豪快な景色だったことでしょう。

紀州藩初代藩主、徳川頼宣は、これが大好きだったようですが、水軍の訓練と思われ、幕府から睨まれたという話です。
それでも紀州藩は鯨漁を奨励し、「鯨方」という専門の役所まで作ったそうです。

紀州の漁師たちは自分たちが編み出した「網取り法」を企業秘密にしないで、各地に教え広めたそうです。
これにより、多くの人たちが助けられたことでしょう。
何せ、一頭で7つの里が潤うくらいですから。

実はしょう油と鰹節は紀州が発祥の地だそうで、紀州人たちはこれらも惜しむことなく伝えたので、各地に広まりました。

日本のグルメの柱となるダシとしょう油が広まることで、江戸中期期以降、日本の料理はいっきに開花しました。

いま私たちがクールジャパンとして日本料理を外国に自慢できるのも、B級グルメやご当地グルメに舌鼓を打つことができるのも、みんな紀州人のおかげなんですね。感謝!

*ABS朝日「歴史発見 城下町へ行こう」より


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鯨のお肉が食べたくなった人は、こちらから買ってね。

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捕鯨に関して、何かと外国からの風当たりが強いようですが、
捕鯨がいつから始まったのかは、寡聞にして知りません。

文献に残っているのは江戸時代からのようで、
浮世草子の『世間長者気質』や、井原西鶴の『日本永代蔵』なんかにも、捕鯨のことが書かれているそうです。

鯨に関することを詠んだ川柳なども数多く残されています。

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小さいころは鯨肉が安かったんでよく食べさせられたんですが、今房州という海の近くに住んで、クジラのタレというのをはじめて食べました。
タレというのは、後味処理をしていないクジラジャーキーみたいなものです。

最初のときは変な臭みあって閉口しましたが、別の折に食べたものは臭みがなく、独特の食感と甘みがあって、こちらはイケました。
今クジラのタレを頼むときは、半分賭けのつもりで注文します。

土佐の高知では古くから捕鯨が盛んだったそうで、長宗我部元親が太閤秀吉に、クジラ一頭丸ごと贈った、なんていう豪快な話も残っています。

また、土佐では一年の締めくくりにクジラを食べる習慣があるそうです。
ほかの日本人が、細く長くを願って年越しそばをいじましく食べているとき、
土佐っぽは、おっきな夢を食おうと、酒を片手に鯨肉を口に運ぶんだそうです。

そういえば、土佐人の気質は、「異骨相(いごっそう)」、頑固で一本気のことを言うそうで、
女性は「八金」、つまり男性の股間にぶら下がっている袋状のものの中身を8つ、4人分を手玉に取る、という意味だそうです。
クワバラ、クワバラ。
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「海の宝石」とも「グリーンキャビア」ともいわれる海ぶどうですが、
沖縄県恩納村のご当地グルメ「海ぶどう丼」は、メディアで紹介され、有名B級グルメの仲間入りを果たしました。

しかしこの海ぶどう、養殖に成功するまでには、5年もの月日がかかったそうです。

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沖縄といえば、有名なのはモズク。
モズクの養殖は盛んだったそうですが、海の中での長時間労働が強いられ、大変な重労働なのだそうです。
(「あまちゃん」でも、簡単には海の中に潜れなかったので、海中作業というのは、かなり体力を使うのかもしれません。)

歳を重ねた人たちでも作業ができるように、陸の上で養殖できるものはないか、
そう思い立った男が海ぶどうに出会い、平成元年から陸上養殖に取り組み始めました。

当時、海ぶどうはメジャーではありませんでした。
そんな中、養殖に取り組もうとした勇気に乾杯です。(多分、周りからはいろんなことを言われたと思います。)

ところがこの海ぶどう、
光合成する生き物なんで、光の量が多すぎても少なすぎてもダメ、お天気に合わせて光量の調節が必要で、
しかも陸の上だから栄養不足になるから、チッソやリンなどの肥料を与え、
一日でも面倒を見ない日があると、成長にムラが出るという、なんとも手間のかかる厄介なもの。

試行錯誤の上、5年をかけてようやく養殖の一連のプロセスを確立しました。
しかしまだ問題が…

単細胞でできている海ぶどうは、収穫した時、切り口からヌメリが出て、そのままだと数時間で死んでしまうんだそうです。
そこで3日かけて海水の中で傷口を癒してやり、これでやっと商品に、
と思いきや、
難敵海ぶどう、熱に弱く、冷蔵保存しても萎んでしまうという、きわめて扱いにくい食材でした。

これでは飲食店も二の足を踏みますが、養殖に賛同して取り組んできた地元の人たちの努力で、ようやくホテルでお土産といして扱ってもらえることになりました。
すると徐々に名前が知れ、人気ご当地グルメになりました。(よかったよかった。

そして農林水産祭(といものがあるんだそうです。)、水産部門で、なんと天皇杯受賞、お上からもお墨付きを頂き、沖縄を代表する食材の一つに認められました。

いろんなメディアでも紹介され、「海ぶどう丼」は大スターになって、国内外からこれを目的に人が訪れるようになりました。

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