ご当地グルメうまいもの情報/B級グルメから調味料まで

うまいものを食べると、なぜか幸せになります。 うまいものが大好きな人のために、ご当地グルメや特産品、人気の食品や話題の商品など、 うまい食べ物の情報を紹介するブログです。

関西はうどん、関東はそば、と相場は決まっているようですが、大阪では風邪をひいたらうどんを食べるんだそうで・・・

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NHKの『新日本風土記』うどんについての番組の中で、讃岐うどんや稲庭うどんと合わせて、
大阪のうどん文化も紹介されていました。
ご当地グルメのような独自のうどんというわけではなく、風邪をひいたらとうどんを食べる、という習慣が大阪には昔からあったんだそうです。
今でもその文化は引き継がれていて、風邪をひくのはつらいけど、うどんが食べられるのでうれしくもある、今でも風邪をひいたらうどんを食べる、といったコメントが何人かからありました。

「ともかくも 一夜薬で うどん食べ」という川柳も残っています。

実は大阪では、明治・大正・昭和のはじめと、うどん屋で薬を売っていたんだそうです。
(これは知らなかったなぁ)

1800年前の中国の医学書「傷寒論」というのに、
「消化の良い熱い汁物と薬を一緒に飲めば、薬力があがる。」と記されているんだそうで、
末広幸三郎という薬屋さんがこれに目を付け、うどんと一緒に風邪薬を売ったのが始まりで、
明治期に広まり、
戦後、薬事法で禁止されるまで続いたんだそうです。

それで大阪の人は、今でも風邪をひくと、生姜を入れたアツアツのうどんを食べるんだそうです。


NHKBSの『新日本風土記』の再放送で、「うどん」という題の付いた番組がありました。
紀行なのに”うどん”ですが、さすがNHKさん、見ごたえがあって、うどんの歴史やいわれなど紹介しながら、人々とうどんのつながりを丹念に追っていき、60分があっという間に過ぎてしまいました。

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今は讃岐うどんが大ブームですが、なんと香川県には800以上のうどん店があり、年間一人当たり300玉以上を消費しているようで、さすが「うどん県/香川」です。

そういえば民放の番組で、「うどん大使」の要 潤さんが、うどんの食べ比べをやって見事讃岐うどんを食べ当てましたから、かなり食べなれているということでしょう、大したものです。

うどんは当然ご当地グルメなんですが、B級グルメには入るのかどうか、
焼きそばはB級グルメなんだから、やっぱ入るんでしょうね。

山梨の吉田うどん、三重の伊勢うどん、秋田の稲庭うどんなど、各地にはそれぞれ特徴のあるうどんがあって、食べ方もいろいろですから、B-1グランプリに出てないのか、去年はなかったみたいですが…

ソバやウドンにつきものなのが天ぷら。

天ぷらは室町時代、ポルトガルから伝わったと言われていますが、そうであれば語源はポルトガル語の「調理」という意味の"tempero"ということになるんでしょう。
ところがスペイン語の"templo"(肉を禁じて、魚の揚げ物を食べる「天上の日」のこと。)という説、
中国語説など諸説があり、はっきりわからないようです。
5~600年前のことですから、当然といえば当然ですが。(^∀^)

関西(江戸時代までは日本の中心)では漬けあげ、関東ではゴマ揚げといったそうで、
いつのころからか「天ぷら」と呼ばれるようになりました。
山東京伝が名付け親、なんて説もあります。

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初めは野菜中心だったらしいんですが、江戸時代なると魚介類が豊富に流通し、大きく発展しました。

日本橋に魚河岸があり、将軍家に献上した余りを屋台で売っていたそうで、
江戸時代のファストフードです。
魚介を串にさし、小麦粉を付けて揚げ、タレは大きな器に入れ、当然二度漬け禁止。

江戸末期になると店で出すようになり、だんだん高級なものが求められるようになりました。

そこで出てきたのが、金ぷらと銀ぷら。
とにかく日本人は凝り性です。

小麦粉に卵黄を加えたものが金ぷら。
次第に凝ってきて、より黄金色を出すために椿油を使ったところもあったそうです。

卵黄の代わりに卵白だけを加えたものが銀ぷら。こちらは白くするため菜種油を使ったそうです。

やはり、日本食発展の源泉は江戸時代にあり、ということで、
平和(飢饉や天災・疫病、一揆がいっぱいありましたから、平和と言っていいのかどうかわかりませんが)な280年は貴重な280年だったんですねェ(NHK”歴史秘話”風に)。

BS日テレ「料理始まり帖」他より

東京はソバ、関西ではウドンが愛されていますが、実はウドンに比べてソバの歴史は結構浅いんです。

TVの時代劇で、江戸っ子が粋にそばをタグってるシーンはおなじみですが、
実は江戸初期まで、麺といえばウドンのことで、蕎麦は蕎麦がきのことだったそうです。
棒状のものは蕎麦切りと呼ばれ、区別されていたみたいです。

三代将軍家光さんのころ、「料理物語」という、おそらく日本で最古のレシピ本といわれるものがあって、
それに拠ると、どうもタレミソというもので食していたみたいです。
味噌を水で割ってじっくり煮詰めたものの上澄のタレだそうで、結構濃そうです。

タレミソから100年ほどたったころ、醤油に酒、かつおぶしを使った今の麺つゆに近いものができたそうです。
前にも書いたのですが、江戸中期ころになってやっと醤油が江戸に広まり、鰹節も使われるようになったことが、お江戸のグルメ文化を進化させたわけです。
今に伝わる江戸の味は、ほとんどが化政期以降のものというわけです。

もし時代劇で元禄ごろに蕎麦をくっているシーンがあったら、間違いなんですが、細かいことは気にしないでドラマを楽しむのが、ただで観せてもらっているものの礼儀というものです。

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更科蕎麦というのがありますが、これは蕎麦の実の中心の白い部分だけで作ったそばで、白く甘みがある高級蕎麦のことだそうです。(プチトリビア、

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鶴太郎さんが、「謎解き、江戸のススメ」で言っていたんですが、落語家に弟子入りしたとき、師匠から蕎麦を食ってみろと言われ、いつもどうりタレをたっぷりつけて食べたら、ダメだしされたそうです。
江戸子っ子は、蕎麦の先だけちょこっとつけていただくのが粋なんだとのこと。

今でも通の人は先に蕎麦だけ何もつけづに食べ、香りを楽しんでますが、
鶴太郎さんはその時師匠に旨いかと聞かれ、答えに困ったそうです。
うまいわけがないんで、当然師匠もそれは分かっていて、要はちょっと足りないのやせ我慢して食べるのが江戸っ子の粋なんだということだそうです。

そういえば、銭湯でも熱いお湯に我慢して入る下町っ子のおじさんたちがいますが、あれが粋というもんなんでしょう。 

今や世界で愛される和食の代表、お寿司。
お寿司の歴史はかなり古く、その姿もかなり違ったのも。 

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 鮨が作られたのは、魚を長期保存するため。
最初に鮨という言葉が出てくるのは、平安時代の延喜式で、たぶんなれ鮨のこと、といわれています。
魚を塩と米で発行させ、1年も寝かせないとできないものだったそうです。

17世紀、室町から戦国時代にかけて酢が発明され、 大きく進化してゆきます。

酢の保存性と風味で鮨にかかせないものとなり、 いつしか発酵させるための酢飯も食べるようになったそうです。
風味ばかりか、冷めても固まらないので、食品としてのバランスがよくなりました。

やがて押し鮨がうまれ、ついには押すのも待ってらんねぇと、気の短い江戸っ子が酢飯に生魚をのせて握り、寿司になりました。
お江戸も後期のころで、すでに醤油も広まっていたはずですから、まさに今の寿司の形になったといいえるでしょう。

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お寿司が世界に広まって、世界各地で驚きのお寿司ができていることは、TVでちょくちょく紹介してくれるので、周知のことですが、考えてみれが、ラーメンは東京生まれで、韓国料理の石焼ビビンバも日本生まれ。
ナポリタンスパゲティ、カレーライスも日本生まれで、忘れちゃったけど帝国ホテル生まれのフランス料理もあったような… 
お鮨にその国にあったいろんな形ができてくることは、むしろ世界に認知されたというべきか。

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前回は佐渡のお酒でしたが、今回は青森。

青森が県を挙げてこだわったのが、『純県産』

水はもちろん(銘酒あるところに名水あり、です)、お米から麹菌まで県独自の物を開発したそうです。

お酒の米としては「山田錦」が有名ですが、青森の気候では育ちにくい。
そこで青森でも育つ大吟醸に向いたお米を、15年もかけて開発したんだそうです。
その名も『華想い(ハナオモイ)』。
山田錦に華吹雪という品種を合わせて作りました。 スゴイ。

大吟醸のまろやかな味を作るためには、お米の表面を60%もそぎ落とすんだそうです。
純粋なデンプンをとるために。
つまり、収穫したお米の6割を、お酒のために捨てているわけです。
いいお酒を造るために6割捨てるのか、6割も捨てるからいいお酒ができるのか・・・ ん~ン。

このお米を蒸したものに酒母(シュボ)を与えます。
青森は酵母も県産にこだわり 、3年かけて独自の物を作りました。
『イ号酵母』、『華想い』に比べると、ネーミングにやや潤いが不足しているのが何ともざんねん。

蒸米に種麹をまき、増やしたものが麹。
麹を育て、蒸米と酒母と仕込み水を加え(これが醪:モロミ)、この作業を3回繰り返します。
三段仕込みというんだそうです。2回なら二段仕込み、でいいのかな?

1か月発酵させて、それを絞って大吟醸が出来上がるんだそうです。


*テレ朝系 学びEyeより

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何十年も前になりますが、『原酒』というのをいただいたことがあります。
出来立ての清酒の、上澄みのいいところだけをとったもの、聞かされたんですが、旨かったという記憶があります。
同じ酒蔵かどうか忘れましたが、『松茸酒』がありました。
松茸の半身がモロ入っていて、これがうまいかというと、松茸の臭みが出て、なんともいただけません。
珍しきゃいい、というものではないという教訓にしています。

ちょっと前、琥珀色に変色したお酒をもらってきました。
そこのご主人はお酒をあまりたしなまないんだそうで、もらったまま床下にしまって忘れていたんだそうです。
これがうまかったんです。冷暗所におかれていたから、酢にならずに熟成されたんです。(と、管理者は信じています。)

酒好きで有名な作家、開高健が、どこかで日本酒の古酒がうまい、と書いていたのを思い出しましたが、管理者が飲んだものがその古酒にあたるのかどうか。
どうであろうとうまきゃいいんで、うまい酒を飲んだんだから、寿命が1年延びたに違いありません。


 

日本酒は一時需要が落ち、多くの酒蔵が廃業しました。
しかし、女性にも飲みやすいようにソフトにしたり、独自の製法を研究したりで、いまや世界でもSAKE愛飲者が増えています。

たしかに昔は日本酒の臭さが立って、一時期ほとんど飲まなくなったんですが(安酒ばかり飲んでいたからだという意見は、無視)、今はまろやかになって、美味しくなり、冷やして飲んだりレモンを絞ったりして愛飲してます。
今度、日本酒のソーダ割りを試そうと思ってます。

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世界に日本酒を発信している酒造の一つに、佐渡に140年続く『北雪酒造』があります。

世界に打って出るだけあって、大変なものです。
地下に氷温蔵を作って貯蔵。そこで超音波をあてて熟成。喜多郎の音楽と佐渡の波の音をMIXさせて聞かせています。
こうすることで、まろやかでおいしくなるんだそうです。

以前、欧州のどこかの海(たぶん地中海)で沈没船が発見され、大量のワインが出てきて、それがとてもうまかったというニュースがあったのを覚えています。(本当にうまいのか、どううまいのかは、飲んだことがないのでわかりません。)(o^∇^o)ノ
日本酒もワインも醸造酒で、醸造酒が船で揺られると美味しくなるというのは、日本でも海外でも経験的に知られていたことです。

音楽を聞かせるというのも、実は以前TVで見たのですが、クラシックを聞かせて野菜を育ている農家があり、発育がよく、おいしく出来上がるんだそうで、何か関係ありそうです。
ちなみに、ロックを聞かせたら腐ったそうです。ハハハ(ホントかなァ)

『北雪酒造』さんはそれらを人工的に再現しているわけで、大変なこだわりですね。

この『北雪酒造』さんが販売している「YK35」という銘柄を、ロバー・デ・ニーロが愛飲しているんだそうです。
(デ・ニーロ本人から直接聞いたわけではありません。あしからず。)

機会があったらぜひ飲んでみたいものです。

*テレ朝系番組”学びEye!より

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今日は土用の丑の日。

土用の丑といえばウナギの話ばかり。
うんざりの方もいるでしょうが、めげずにウナギのお話です。

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 かば焼きは江戸の初期にはぶつ切りにしたものを塩焼きにしたらしいのですが、味や食感は今のかば焼きとは別物と考えたほうがよさそうです。
 
今みたいにタレで食べるようになったのは江戸中期ころから。このころ醤油が一般化してきたんだそうです。
醤油が広がり、タレができて、味がしみ込むように開いて食べた、というのが現代につながるかば焼きの始まり。

うな丼の始まりは、文化年中の文献に残っているということで、はっきりしてます。
芝居小屋の主、大久保今助という人が、ウナギが大好きで出前を頼んでいたんですが、どうしても冷めてします。
そのころは、冷めないように糠をかぶせて運んだのですが、糠だらけのウナギというのもぞっとしません。

そこで今助さんが考えた・・・ 

炊き立てのご飯に包めば、アツアツのままウナギが食えるのでは。
ついでにタレをご飯にかけてもらえば二度おいしい・・・

このウナギ飯が今のウナ丼になったということです。

江戸中期ごろから、ウナギは人気だったんですね。
江戸の始まりのころの日本の人口は2500万くらい。明治の初めが3000万といわれていますから、江戸中期はたぶんその間くらい?

今その4倍の人がみんなウナギを食べるのだから、ウナギの数が減るのも当然で、今や高級魚。
せめて年に一度くらいは口に入れたいのですが・・・


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今回もBS日テレ『料理はじまり帖』より

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もうすぐ土用の丑の日で、今年もウナギの値段が高いのどうのとマスコミが騒いでいます。

実は(番組での説明よると)、『江戸前』というのはお寿司のことではなく、もともとはウナギのことを指したんだそうです。

というのも、江戸のウナギはうまかった。
江戸物は皮がかたかったらしく、一度蒸してから焼くという現在の形になったんだそうですが、ただ焼くより口当たりがよくてうまかったんでしょうね。

それで江戸のウナギが有名になって、とれたものをすぐに料理できるように川の前に店ができ、人気を呼んだようです。
それがいつか江戸前でとれた魚全般になって、寿司ネタもそう呼ぶようになったのかもしれません。 

江戸前があるんだから、江戸後ろもあるわけで、利根川でとれたものをそう呼んだんだそうです。
それ以外の土地から来たものは、旅ウナギ。

ウナギも産地によって呼び方が違っていたということは、それだけなじみが深かったということです。
ヒツジは日本では親羊子羊くらいしかありませんが、遊牧民族は年齢によって呼び方が違うらしく、呼び方が複数あるということはそのものと文化とのかかわり具合の問題なんでしょう。

だから日本には、出世魚とか魚についての語彙が豊富なのかもしれませんね。
(クールジャパンプチトリビア?)( -д-)


最近の研究でウナギの産卵地がはるか彼方の海とわかりましたが、ウナギも海の幸だったわけです。
川をさかのぼるとき水がなくても這っていく姿がカメラに捕らえられていましたが、本当に不思議な生き物です。

小さいころ釣りあげたことがあったんですが、蛇と間違えて放り投げたことがありました。
それにしても、昔はいっぱい取れたんで、お金を出して食べたことがありませんでした。
東京に出てきて初めて食べたとき、高いのには本当にびっくり。(いつの話じゃ)
堰ができて水量が減ってしまい、かつてプール代わりに遊んだ川は、今や見る影もなくなってしまいました。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜


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富山湾のブリおこしという言葉があり、富山湾にカミナリがなったらブリの季節ということなんだそうです。

前田利家も毎年京に取り寄せていたらしいです。

富山湾から飛騨高山をつなぐルート(現41号線)を鰤街道と呼ぶそうです。
今とは違いクール便はないので、塩ブリですが、尾張、美濃、信州、京、大阪へと運ばれたそうです。
(そういえば、鯖街道というのもあったような・・・)

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江戸時代、当座鰤煎炙(トウザブリイリヤキと読むんだそうです。ムズカシィ~)という高級料理がありました。あったんです。文献に残っています、たぶん・・・ ン? 

作り方。

ぶりを1.5cm厚くらいの切り身にする。
鉄板にごま油を引き、ブリの表になる方を下にして入れ、ネギの白身部分を加える。
ネギに火がとおり、焦げ目がついたくらいで一度取り出す。
ブリを返して焼き、濃い口醤油をすこしづついれ、砂糖を加え、さっきのネギを戻して、
煮汁がなくなる直前に火を止め、できあがり。

まだ試してないので、うまいかどうかわかりません。
そのうち試して報告します。

これかこれに近いものがご当地グルメとして残っているのかどうか、残念ながら寡聞にして知りません。
簡単に作れそうですが、ご当地グルメやB級グルメは、地方地方独自の味噌や醤油などの調味料を使うのが多いので、スーパーで買ったもので作って同じ味になるのかどうか、大いに疑問は残りますが…


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